黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【24】



 20人程度で38人の敵偵察部隊を壊滅させたという報告には、メイゼリンが大いに喜んで直接出迎えてその場でセイネリアに賛辞を送ったくらいだった。そして直後、この功績をもってメイゼリンから正式にセイネリアを傭兵部隊の指揮官に任命する事が発表された。実を言えばこれに関しては前からメイゼリンがそうするとは言っていた事ではある。ただ不満を言う者がいたため保留としておいて、今回の件でその連中を黙らせたという流れだ。
 メイゼリンはセイネリアを気に入っていて重用したがったから、古参の隊長連中、それと特に兄のオーランはセイネリアにあまりいい顔をしていなかった。それでも最終決定権はメイゼリンにあるから、彼女とセイネリアの間では今後の段取りについて先にかなりのところまで決めてはあった。ただ傭兵部隊の指揮権に関しては、強引に決定しても他の者が反対出来ないくらいの功績を上げておいてくれとは前々から言われていて今回の事でそれを果たしたという訳だ。

 ともかくこれで予定していた準備はすべて出来た。
 セイネリアとしてはあとはカリンの報告を待つだけだった。






 敵部隊の殲滅と準備が終わった後、エデンスとカリン、その部下のカシュナの3人だけは砦へ戻らずそのままシェナン村の偵察に向かった。そこで目的の情報を得てから彼女が帰ってきた時には、あたりは完全な夜になっていた。
 トルシアン砦の敷地内は今日は夜でも人が多く歩き回っていていつもより明るい。エデンスと部下には先に食事をしているように告げ、一人でセイネリアの天幕へ入ったカリンは何か書き物をしている主を見て近づくのを躊躇した。

「もう終わる、少し待ってろ」
「はい」

 言っている通りにそれはすぐに終わって、セイネリアはカリンに向き直った。

「第三陣が着いたか?」
「はい」

 聞いてすぐ、セイネリアは立ち上がる。
 カリンはその場に跪いた。

「思ったよりも早くついたな。それで第三陣の人数は?」
「80人前後」
「セウルズはいたか?」
「はい、出迎えた者が緊張した声でそう呼んでいたので間違いないかと」
「なら、予定通りだな。ご苦労だった」

 セウルズ率いる第三陣が今日か明日到着するという情報は事前に入手してあった。だからそれに合わせて即襲撃を掛ける事は作戦として決まっていた。今日中についたのなら明日早朝、明日なら明後日の早朝となっていたから、これで明日決行が決定したことになる。

「クリムゾン、急ぎで伝令を頼む、作戦は予定通り明朝決行、すぐ会議を開いてくれと」

 すぐクリムゾンは頭を下げると出ていった。それを目で追っていたカリンに、セイネリアは出かける準備をしながら告げる。

「お前は食事を取ったらこのままここで仮眠を取れ、エデンスとカシュナにもそう言っておけ。なにせ明日は早いからな、他の連中は先に休ませてる」

 だから咄嗟にカリンは聞いてしまった。

「ボスは仮眠を取られないのですか?」
「俺はこれから会議だ」

 セイネリアは当たり前のようにそう答えた。カリンは更に言葉を続ける。

「なら、偵察から帰って来てから今まで、ボスは休憩を取られましたか? ボスも昼間の戦闘で疲れてらっしゃる筈です。明日は早いのですからきちんと休憩をお取りください」

 ここに来てから、セイネリアが眠ったり休憩している姿をカリンはあまり見た覚えがなかった。昼は偵察に出ているし、夜は毎晩遅くまで作戦会議で、あとは自分がエデンスと村の中への偵察に行っている間くらいしか時間がない。
 実際他の団員やカリンにはこうして休憩の指示を出しているから、セイネリアが休憩の重要性を軽視しているとは思えない。それでもカリンはどうにも嫌な感覚が拭えず、今の声も我ながら少し感情的になってしまったと思う。
 じっと主を見つめれば、彼は殆どの感情のないその顔に自嘲めいた表情を乗せる。
 けれど彼が何かを言う前に、天幕の中へクリムゾンが帰ってきた。

「マスター、すぐに人を集めるので来て欲しいとのことです」

 セイネリアがカリンから目を離して、赤い髪の男を見る。

「分かった、すぐ行く。ついてこい」

 クリムゾンが頭を下げる。歩き出すセイネリアをカリンは目で追う。そうすれば黒一色の騎士はカリンの前で一度足を止めると、その手をカリンの頭に置いた。

「いいか、お前はちゃんと寝ておけ、命令だ。……俺の事は気にするな」

 それで彼はクリムゾンと一緒に天幕を出ていく。
 カリンはそれを見送りつつも、心の中の不安な影はやはり拭えなかった。




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