黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【23】



 そこで、ずっと地面を見て何かやっていた地の神ウィーダの信徒であるノスルが、申し訳なさそうに会話に入ってきた。

「あの……いいでしょうか? 実は、死体、は確かにあったとは思うのですが……まるで唐突に消えたみたいで……」
「どういう事だ?」

 それには下を向いていたレナッセも顔を上げてノスルを見る。

「普通、死体を運べば死臭が地面に残って、少なくともどの方面に行ったのか辿る事が出来ます。それが……出来ないんです。確かに死体があった臭いは残ってるのですが、まるで急に消えたようにそこだけにしかなく……」

 皆がその言葉の意味を考えて、確認し合うように顔を見合わせた。

「奴らが行った方面は足跡から大体わかったんだろ? そっちに少し移動すればその死臭とやらがあるんじゃないか? 荷車とかに乗せてたなら臭いとか残らないかもしれないし」
「車輪跡はなかったろ」
「あ、そーか」
「いえ、奴らの足跡もこちらへ来るまでのはいくつかあったのですが、ここから何処かへ向かったものは見つからなかったんです」

 それで益々状況が分からなくなる。だから皆が皆、困惑した顔で傍の者に話しかけている。未だにふざけた事を言っている者もいるが、皆が現状に不気味さを感じているのは間違いなく、次第に全員の表情が真剣になっていく。

「不気味過ぎるな……いつまでもここにいるのはマズイかもしれない。よし、皆に声を掛けて……」

 レナッセがそう言って、散らばっている者にも声を掛けようとしたその時。
 何の前触れも、誰かが異変に気付く事もなく、それは唐突に起こった。いや、唐突に現れた、というのが正しい。なんとなく皆で輪を作っているような体勢でいたその中心に、いきなり黒い影が現れたのだ。

 誰何の声を上げる間もない。
 状況さえ分からず、ただ突然現れた黒い影が人間だと理解した時には見覚えのある禍々しい斧刃が目の前を通過し、彼は死を覚悟した。
 喉が痛い。息が出来ない、苦しい。
 皆に、逃げろ、と叫ぼうとしたが口は動くのに声はでなかった。
 視界が黒く塗りつぶされ、仲間の叫び声が遠くなっていく。
 そうして消え去る意識の中で、彼はノスルが言った死体は消えたのだというその理由を理解した。

――そうか、転送か。

 唐突に空間に現れたならそれしかない。皮肉にも冗談で出た言葉が真実だったのだとそれが分かっても、もう彼には何もできる事はなかった。








 セイネリアが魔槍を伸ばし、そのまま周囲を凪ぐようにその場で一度回れば、黒いマントが大きく広がって死にゆく者達の視界を黒一色にする。
 空へと浮かび上がったマントが黒い騎士の体に降りた頃には、その場にいた手短な3人が地面へと転がっていた。

――まぁ、どうにか頭は繋がっているか。

 喉だけを斬っただけなら運ぶのも楽だなと、転がる死体を見てセイネリアは思う。
 他の連中はまだ固まったままで、どうやら一番偉そうな隊長クラスの者でさえすぐ反応出来ていないようだった。だから仕方なくセイネリアから声を掛けた。

「わざわざ殺される為に来てくれて感謝する」

 それでやっと彼等の時間が動き出した。

「うわぁぁっ」
「敵だ、敵襲―」
「何者だっ」

 パニック起こした者達はまず逃げ出そうとした。だが逃げようとした男は背を向けた途端にクリムゾンに殺された。ここで逃げられたら勿体ない――セイネリアが派手にマントを翻してみせたのは一緒に来たクリムゾンの存在を連中に気づかせないためでもあった。ついてすぐにクリムゾンはセイネリアから離れて敵連中の背後へ移動していた。逃げた連中は彼に任せればいい。
 だからセイネリアは逃げずに武器を抜いている者の方へと向かう。彼等は皆、自分の上官である男を守ろうと、セイネリアと隊長らしき男の間に入ってきた。

――さすがに、隊長クラスは本人確認が出来る状態にしておきたいところだな。

 だからセイネリアは魔槍をその場に投げ捨てた。そうして腰の剣を抜けば、敵達は困惑してざわつきだす。とはいえ、こちらの得物が常識的な武器になったことで幾分か彼等の表情から怯えが消え、じりじりと下がりながらもそれぞれ構えを取り出した。

――戦う気になってくれるのはいい事だが。

 セイネリアは構えもせずゆっくりと彼らに近づいていく。彼らは震えながらもこちらを見上げて剣を構え――セイネリアが大きく一歩踏み出した直後、その構えのまま剣を振る事もなく死んだ。
 残された隊長らしき男は逃げなかった。
 勝てないと悟った顔で、それでも斬りかかってきたのは褒めてやってもいいだろう。だが当然、その剣をセイネリアに掠らせることさえなく彼もまたそこで命を落とした。




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