黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【27】 シェナン村は決して大きな村ではなく人口も多いとは言えない。ただ果物の収穫で生計を立てている村であるから、居住区を果樹園が囲んでいるような作りになっていた。今回サウディン派の連中が要塞化したのは居住区周辺だけだが、元から果樹園と森の間には動物避けの結界があって、少なくともその中へ入ればすぐに察知される。そして周辺が果樹園という事は、雑草がほぼなく木の高さも低めで統一されていて見通しがいいという事でもある。 そこで更に厄介なのは、攻めるゼーリエン側としても果樹園には出来るだけ被害を出したくないという事情がある事だ。なにせ敵とは言っても領内の争いである、果樹園に大きな被害が出れば村人の反感を買うのは勿論、勝てた場合に領主としても収入的にダメージとなる。この時期は収穫が終わっているのがまだ救いだが、それでも木そのものへの被害は最小限にとどめないとならない。 当然、サウディン派はそれも分かっていてここに陣を敷く事を決めたのだろう。だからこちら側の理想としては、戦闘は出来るだけ向うの陣内で行って周囲に被害を出さない事。そしてこちらの兵を出来るだけ失わないのは勿論として、出来るなら向うの兵もあまり殺したくない、という事だ。 ――普通なら、無茶な注文だな。 ただこちらにはその無茶を通せるだけの普通ではないインチキな手段がある。 「どうだ、向こうの反応は?」 「気付いてないな、やっぱりその程度の結界だ」 内へ入ってきたものを知らせるタイプの結界は神殿魔法だけでもいろいろあるが、結界を張ったその場を通り過ぎた時に術が発動されるようになっているものが殆どだ。それらなら境界の上を過ぎずに転送で中へ入れば気付かれない。だからセイネリアとエデンスは先に入ってそれぞれ『準備』をしていた。 「ったく、人使いの荒い奴だぜ」 「悪いな」 「けっ、悪いなんて少しも思っちゃいねーだろ。いいけどよ、生きてる人間運ぶのと比べりゃ楽だしな」 『準備』のためにエデンスには相当量の荷物をここまで転送してもらっていた。ただ人間と違ってモノの場合は場所を決めたら単純にどんどん飛ばせばいいだけだから楽ではあるらしい。 そしてセイネリアの方の準備といえば、果樹園から真っすぐ続く門までの道に印を置いてきただけだ。まだ暗い内ならセイネリアの黒ずくめの恰好では見張りからは見えない、こういう時にこの恰好が役に立つのは想定外ではあるが。 「なら始めるか」 「あぁ、いいぜ」 セイネリアはクリムゾンの呼び出し石を使う。それが合図で、待機していた傭兵部隊と破城鎚を運ぶ者達、それにメイゼリンが別につけてくれた弓部隊と矢避けのマクデータ神官が道から結界内へ入ってくる事になっていた。 「気付いたか?」 境界の上を通れば向うは気づく筈だった、だから中を見ているエデンスの返事は予想通りだ。 「あぁ、気付いたぞ、慌てて見張り連中が走り回ってる」 「出て来そうか?」 「まさか、迎え撃つ準備だけで一杯一杯だろ」 「だろうな」 その直後に、道から火柱が上がるのが見えた。エデンスが一時的にそちらへ目をやる。 「連中はうまくやってるようだな。長めの武器持ってる奴が叩いてる」 それだけを確認してすぐにエデンスは目を敵の方へ戻す。道の方ではまた火柱が上がったが、うまく処理出来ていそうならこれ以上見る必要はなかった。 準備時間がこれだけあれば、向うも対策をいろいろやっている。こちらが果樹園を潰して進んでくる訳がないと分かっていれば、門へと続く道に何か仕掛けてあって当然だろう。 そして実際、道には火の神レイペの設置魔法があちこちに仕込まれていた。上から衝撃を受けると火柱が上がるシロモノで、甚大な被害を与える程ではないが時間稼ぎくらいは出来る。ただセイネリアには魔力が見えるため、味方が入ってくる前に設置個所に印のものを置いてきた。団の連中は先頭で道を開けるためにそれを排除して進んでいるという状況だ。 「それじゃそろそろ落としていいか?」 「あぁ、頼む」 エデンスは運び込んだ石の山に手を伸ばす。それじゃいくか、と呟いて、続いて彼は転送の呪文を呟いた。 --------------------------------------------- |