黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【20】



――あれは、セイネリア・クロッセスだ。

 黒い騎士がそうだと思った瞬間、彼には逃げる以外の選択肢はなかった。ただでさえ奇襲で混乱している状態で、噂に聞いた化け物の相手など出来る訳がない。幸い、味方が壁になっている間に森の中へ逃げてしまえばそうそう追ってはこないだろう。彼にとっては味方とはいえあの連中には仲間意識も何もないから、彼らを犠牲にして自分だけが逃げる事になんの迷いもなかった。
 ただし、もう片方の偵察部隊、レナッセ隊については別だ。
 向こうは第一陣としてずっと行動を共にしてきた仲間であるし、レナッセは彼にとっては尊敬する上官でもある。とりあえず逃げ出せた方面的にレナッセ隊の偵察ルートが近いというのが分かっていた彼はそちらの部隊との合流する事にし、それは無事達成された。また運よくレナッセ本人と会えたというのもあって、すぐに第二陣側の偵察部隊が襲われた事と襲撃者があのセイネリアであるという事を報告出来た。

「確かに……いつまでも敵が仕掛けてこないとは限らないからな。いつこうなってもおかしくはなかった」

 報告を聞いたレナッセもまた、第二陣で来ていた連中には反感を持っていたからかまずは皮肉気にそう言い捨てた。
 こちらの偵察部隊は毎回8人か9人で出て、4人づつ2組か、3人づつ3組に分かれて偵察を行っている。彼がレナッセのいる方の組と合流出来たのはただの偶然だったが、レナッセの判断として一旦もう一組を呼び寄せる事になったため、その間に更に詳細を説明する事が出来た。

「それで、お前は向うの連中がどうなったと思う?」

 一通り聞き終えてから、レナッセは真剣な顔で聞いてきた。
 それには迷いなく彼は答えた。

「おそらく、全滅。もしかしたら数人は逃げられたかもしれませんが……」
「つまり、助けに行くにはもう遅いという事だな」
「はい」

 あの後に味方が立て直せたとは思えないし、彼が逃げたあと間もなく全滅したと考えた方が自然だ。レナッセはそれで難しい顔をすると暫く考えていたが、一度ため息をついてから言った。

「とはいえ、完全に放置して村に帰るのもマズイだろう。せめて向うの隊がどうなったかその確認だけはしなければ、仲間を見捨てて尻尾を巻いて逃げ帰ったのかと騒ぐ奴がいるだろうからな」

 それが誰とは言わなかったが第二陣の指揮官であるグテの事であるのは間違いない。だからとりあえず慎重に襲撃地点に近づいて、どうなったかそれを確認しに行く事になった。

 ……もし、襲撃者達の中に転送と千里眼持ちのクーア神官がいると最初から分かっていれば彼等がそんな結論を出す筈はなかったろうが、レナッセ隊の8人ともう1人はそうして細心の注意を払って襲撃地点へと向かう事を選択した。
 勿論、十分に注意をしていたからというのもあるが向かう途中敵に見つかる事はなく、ある意味不気味な程何事もなく進む事が出来た。それに嫌な予感をしたのか、目的地近くまできたある場所でレナッセが一度隊の足を止めさせた。

「いくら何でも静かすぎる」

 目的地に近づけば近づく程緊張が高まるのは当然だが、全員でそれぞれ周囲に注意を向けても敵の気配を微塵も感じない時点で不信感は募る。

「静かなのは、戦闘が終わったからでは?」
「そうともいえるが、それならそれで周囲を警戒したり残兵がいないか見回ってる者がいるものだろ。……ガズンっ」

 呼び出したのはこの隊にいる風の神マクデータの信徒だ。この男は術の補助で早く走る事が出来るため単独で偵察に出される事がよくあった。レナッセがもう一つの組と合流してから様子を見にいく事にしたのは、このガズンが向う側にいたからだろう。

「場所はこの先でいいんだな? 様子を見てきてくれないか。勿論、見つかったり危なそうだったらすぐに逃げてこい」
「了解しました」

 慣れている仕事なだけあって、ガズンはそこで返事を返すとすぐに出発した。
 だが……ほどなくして無事帰ってきた彼は、別に術を使いもせず普通に歩いて来ると意外な報告をしてきた。

「あの……誰もいませんでした」




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