黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【21】



「どういう事だ?」
「どういう事といわれましても……確かに血の跡等、戦闘があった形跡はありました。ですが、敵も、味方の死体も、何もありませんでした」

 誰もいないだけというなら敵がさっさと引き上げたのだと考えられるが、死体もないとなればおかしい――持っていったのか……この短時間で? なんのために?――レナッセは険しい顔をして考えていたが、暫くしてまたマクデータ信徒の男に聞き返した。

「お前はその場まで行って確認したのか?」
「はい、それで確かにところどころ血の跡がある事を確認しました。風を使って匂いを辿ってもみましたが、少なくとも近くに敵はいませんでした」

 レナッセは考える。そうして彼は考えた末に結論を出した。

「よし、今度は全員で行こう。サーダック、ノスル、お前達なら現地でもう少し何か分かる事があるだろう」

 その二人の内一人はロックランの信徒で、もう一人は地の神ウィーダの信徒だ。それぞれ周囲の木々や地面から、そこで起こった事を探る手段がある。

「敵がいないならいないで丁度いい。さっさと調べられるだけ調べて村へ戻るぞ。グテの奴がどうこう騒いでも構わんさ、どうせ明日中にはダン様が到着する」

 味方を助けられなかったことをグテは責めてくるだろうが、こちらとしては出来るだけの事はしたという事実があればそれでいい。そうすればセウルズなら納得してくれる筈だと、そうレナッセは考えたのだろう。

 そうして彼等はそれが最悪の選択になるとも知らず、戦闘があった場所へ隊の全員で向かう事にしたのだ。







「まったく、自ら死にに来てくれるとは有り難い事だ」

 セイネリアが呟けば、エデンスは視線だけは動かさないまま顔をひきつらせた。

「そらな、クーア神官がいると知ってたらこなかったろうよ」

 敵の偵察部隊、第一陣でやってきてからずっと偵察担当をしている連中の事についてはキディラから先にいろいろ情報を貰っていた。特に、風の神マクデータの信徒がいるとか、森の神ロックランの信徒がいるとかの情報は何度も作戦会議で上がっていてその特性も分っていた。だからすみやかにそれらに対処も出来た。ただ主に、その対処にはエデンスに働いて貰ったのはいうまでもないが。

「あんたの読み通りだ、連中がぞろぞろやってきたぞ」

 そうして現状、クーアの千里眼任せで離れた場所から現場を監視していた訳だが、敵はどうやらすんなり網に掛かってくれたらしい。

「何人だ?」
「ちょっと待て……7、8、9人、全員いるな」

 あまりにもうまく行きすぎて、セイネリアは馬鹿にしたように軽く笑い声を上げた。……実際のところ、楽しいというよりもつまらないという思いの方が強くはあったが。

「本当にこちらにとっては有難いな」

 だがセイネリアとは逆に、硬い声でクーア神官は言ってくる。

「9人全員、例のとこまで来たぞ」
「そうか、なら始めよう」

 返すセイネリアの声はあくまで軽い。
 そうして脱いでいた兜をかぶり直すと、エデンスはやっと『見る』事を止めて立ち上がり、こちらを向いた。

「準備は出来て……るみたいだな」
「あぁ、いつでもいいぞ」
「それじゃぁマスター。いってらっしゃいませ、御武運を……かね?」

 嫌味らしくわざと恭しくお辞儀をしてみせた彼に、セイネリアは、頼む、と短くそれだけを返す。そうすれば後ろに控えていたクリムゾンが横にきて、エデンスがセイネリアとクリムゾンの両方に手を伸ばして触れてきた。
 あとは彼が転送の呪文を唱えれば、最後の仕上げの開始となった。

 だがそこでふと、セイネリアがエデンスの後ろにいるカリンに目をやれば、やけに不安そうそうな顔をした彼女と目があった。だから声に出さず口の動きだけで、大丈夫だ、と告げておく。ただ直後に風景が崩れて切り替わったから、それで彼女が安心したかどうかは分からなかった。




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