黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【19】 黒の剣の主であるセイネリアに魔法は効かない。 ただし、術者の魔法を意識して受け入れればその効果を発動させることは出来る。勿論それが本当に出来るかは事前に確認済みだ。 こちらの作戦は単純だった。 クリムゾンが団員を率いて敵の偵察部隊へ襲撃を掛ける。お互い衝突を避けていると思ってのんびり休憩中だった敵など数が上でもこちらにとっては脅威ではない。敵は来た道を引き返して逃げるハメになる。だが逃げて向かったその先にはエデンスに転送されたセイネリア待っている、という筋書きだ。 逃げてきた敵兵達は、セイネリアの姿を見てまず足を止めた。 だがその後ろからやってきた仲間が焦ってそいつらを追いこせば、飛び出した途端にその兵はセイネリアの持つ魔槍の餌食になる。 それを見た連中が震えあがって後ろへ下がる。だがそいつらが壁となって、後ろから来た者は前が見えずそれを突き飛ばして逃げようとする。当然、彼等は視界にセイネリアの姿を捉えた直後に命を落とす事になる。 「う、あ……」 「ひ……」 恐怖でまともに言葉も出せずに怯える連中の中、それでも一人が横へ回り込んで逃げようとした。だがそれを引き金としてセイネリアが走る。逃げようとした兵は逃げ出す前に右腕が肩ごと宙に飛んだ。それを目前で見て恐怖に足が竦んだままの男は、ついでに斧刃に首を落とされた。 「うわぁああぁ」 言葉を忘れて思考さえ放棄した連中は、ただ恐怖に突き動かされて今度はセイネリアから逃げる。それを追って背後から槍刃で突き刺し、そのまま槍を横に振って死体を投げる。それは逃げようとしていた者にぶつかり、倒れてパニックになったそいつを上から刺せば静かになった。 ただしそれ以上は、セイネリアがわざわざ倒す必要はなかった。 恐怖に頭がイカレた連中は忘れていたようだが、セイネリアから逃げてもすぐに逆側からは団の者がやって来ている。そこから更にUターンしてセイネリアに向かってくるような余裕がある奴はいなかったから、残った少ない偵察兵は団の者達がすべて片づけた。 「死体を集めて人数を数えろ」 敵がいなくなったのを見て、あらかじめの指示通りクリムゾンが団員達にそう声を掛けてからこちらにやってくる。 「敵の殲滅は完了しました、全て計画通りです」 「こちらの損害は?」 「怪我人はいますが死者はいません」 「上出来だな。ただ敵は一人逃げてる」 「わざと逃がしたのですか?」 セイネリアはそれに思わず苦笑する。クリムゾンはセイネリアが敵を逃がす訳などないと思っている。だからこそそう聞いてくる訳だ。 「あぁ、村に知らせてもらわないとならないからな。それに、うまくすればもう一方偵察隊を連れてきてくれるかもしれないだろ?」 「成程」 クリムゾンは感服したという表情をするとその場で跪いた。 セイネリアは彼から視線を外して、持っている魔槍を見て言った。 「ただこれを使ったのは失敗だったな、切れ味が良すぎる」 複数相手前提で逃げられても届きやすいため今回セイネリアは魔槍を使った。ただこれで殺すのは切れ味が良すぎてどうしても死体の損傷が激しくなって無駄に散らばるのが問題だった。 「報告します。死体の数は29」 そこで死体を数えていた者が報告に来て、即座にセイネリアはエデンスを呼ぶよう命じた。クーア神官は団員達と別れた場所にそのままとどまって、外部から敵が来たりしないかこの周辺を見張る役目をしていた。カリンは彼の護衛としておいてきたから、程なくして二人ともが転送で近くに現れた。 「逃げた奴はどうした?」 こちらへ歩いてきたエデンスにそう声を掛ければ、彼は森の一方向を見て答えた。 「あぁ、向うへ逃げた……方面からしたらもう片方の隊へ向かった可能性が高いな」 「それは都合がいい」 セイネリアが笑ってみせれば、彼は引きつったような笑みを返してくる。続けてすぐにセイネリアは彼に言った。 「それじゃ、次の仕事を頼む」 --------------------------------------------- |