黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【15】



 現在長男サウディン派軍の拠点となっているシェナン村の要塞化は順調に行われていた。
 外周の柵作りは完了し、門の補強も間もなく終わる。予定通り第三陣が着く頃には敵を迎え撃つ準備が出来ているだろう。

 ここまでの準備指揮担当であるトルシェイ・ファルヤはいつも通りの村内の見回りを終えると胸を撫でおろした。彼は討伐軍の第一陣の責任者としてここへやってきて、村の守備強化と、偵察部隊を出して敵の様子を探っては逐一報告するのが主な役目だった。それだけあって当然現場で戦闘指揮をした経験などある人間ではない。いわゆる後方での準備が普段の彼の仕事だ。
 ただ勿論、こちらの準備が出来るまで敵が攻めてこないなんて保障はない。彼の下には2人実践指揮の経験がある人間がいて、現状では主に偵察部隊の指揮をしてもらっていた。トルシェイは自分が現場担当の人間ではないのは分かっているので、偵察や戦闘に関する事は基本的にその2人に任せて報告だけを聞いていた。

 ただ第二陣がきてから、それで少々もめる事があった。

「ところで、今日はこっちからはどちらが出たんだ?」

 一緒に歩いている、トルシェイお付きの文官である男に聞けば彼は事務的に答えた。

「レナッセ殿ですね」
「グテの方は……」
「勿論そちらも出ています」

 トルシェイは頭を抱えた。
 第二陣の指揮官としてやってきたのはバシルマン・グテという男で、彼はトルシェイとは違って戦場指揮をしてきた根っからの武人だ。
 だから当然ともいうように、彼が来てから以後は兵士の訓練やら偵察部隊に関しては彼が仕切る事になったのだが……それでトルシェイの下にいる戦闘指揮担当の2人、レナッセとワイクナンが不満を訴えてきたのだ。
 基本的にこの2人の上司は第一陣の責任者であるトルシェイではある。
 だからグテが指示してくるのはおかしい、せめてグテからトルシェイに伺いを立ててトルシェイから命令を出してほしい、という訳である。
 そんな訳で、レナッセとワイクナンはグテからの直接の命令には従わずに今まで通りのやり方で偵察に行き、グテはグテで偵察部隊を出す、という事態になっているのだ。

「何人で出た?」
「どちらです?」
「両方だっ」
「レナッセ殿の隊は8人、グテ殿の方では30人だそうです」

 トルシェイは目を見開いた。聞き間違いだと思いたかった。

「……30人だと? グテの方の人数はいくら何でも多すぎないか?」
「この辺りの地形に慣れさせるため連れていくそうです」

 その言葉には嫌な予感しかしない。

「まさか……30人でぞろぞろ歩き回る気か?」
「そのつもりのようでした」

 トルシェイはため息をついた。もう怒りを通り越して何も言う気が起きない。

 第一陣として110人という一番の人数を連れてきているのもあって、一応地位的にはグテよりトルシェイの方が上ではあるのだ。第三陣でセウルズが来るまではこの村にいる討伐軍のトップはトルシェイとなっている。

 ……のだが、グテもトルシェイが実践側の人間でないのは分かっているので、戦闘指示は自分がするものだと思っている。実際、上もそういう意図はあるのだろう。なので、偵察やら敵の動向に対する対策などはトルシェイが何か言っても聞いてくれないのだ。戦場を知らない人間は口を出さないでもらいたいとやんわり言われればトルシェイも強くは出にくい。

――まったく、早くダン様が来てくれないものか。

 本来なら、いくら準備が主とはいえ、第一陣の指揮官はちゃんと戦闘指揮が出来る人間、ここでの戦いにおける総指揮官がくる筈なのだ。だが今回はセウルズをトップに置くため、わざと西軍からは総指揮官を出さなかったという事情があった。

 幸い、敵が攻めてこないからいいものの、ここで一戦闘起こればまともに対応できるのかトルシェイには不安であった。
 現状、第一、第二陣を合わせた戦力は190人。トルシアン砦にいる敵は300人前後と聞く、数的にもまだ戦いたいものではない。

 だが、起こってほしくないと思うもの程起こるというのは世の常ではある。

 彼がその日現在本部にしている村長の家に帰ると、息を切らした兵が待っていて彼に悪いニュースを告げた。
 偵察に出ていた部隊の内一つが敵に襲われた――それはトルシェイが一番恐れていた事態であった。




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