黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【16】 第二陣がやってきた後、カリンから面白い情報がセイネリアのもとに入って来ていた。第一陣で今まで偵察を担当していた部隊が、第二陣の指揮官に反発しているという内容だ。そのせいで第一陣側の偵察部隊と第二陣側からの偵察部隊が別々に出ているらしい。 実のところ、これまで長男派次男派共に偵察部隊は割合頻繁に出していて、どちらも戦闘を避けてわざと接触しないように行動していた。 理由としてはまず、長男側の兵が基本的には戦闘する気がないかららしい。 シェナン村における軍の責任者は、現場指揮ではなくデスクワーク寄りの人間というのも原因らしく、そのせいで戦闘をしたがってはいないのではないかと言われていた。どうせ戦闘を仕掛けても全力で逃げるだけであるから、とりあえず偵察部隊同士は戦闘を避けるようになったそうだ。 だから基本、偵察部隊は人数を出さない。 互いにあくまで偵察だけが仕事で戦闘は仕掛けない、それが暗黙の了解となっていたのだ。 だがそもそも、別に協定を結んでいる訳でもない状態でそんなお約束をいつまでも守らなくてはならない理由はない。 だからセイネリアは予めメイゼリンから許可を取っておいた。一つは、メイゼリン達が出す偵察部隊とは別にこちらも毎日偵察に出る事。そしてもう一つは向うの偵察部隊とぶつかったら全滅させるつもりで攻撃するという事。後者の許可をわざわざ取らないとならないのは馬鹿馬鹿しいが、『暗黙の了解』を破るなら一応上には言っておく必要がある。 勿論、こちらが偵察に出るのはすぐ始めたものの、向うの偵察部隊に仕掛けるのは即実行という訳ではない。あくまで機会を見てだが、その機会が今来たというだけの話だ。 「8人と30人か、少し足りないが獲物としてはまぁまぁの数だな」 今日もいつも通り、ここへ連れて来ている団の連中全員を引き連れて砦を出てきた。こちらの軍では偵察隊は担当の隊から毎日2〜4人づつ出すのが普通であったから、最初は何故全員で出ていくのだと周囲からは奇妙なものを見る目で見られた。 だから一応他の傭兵連中や向うの兵達には単なる訓練代わりだと言ってはある。おかげで規律の厳しい傭兵団だと周囲からは言われているらしい。 まぁ傭兵というのはその場にいるだけで給料が発生する訳だから、何もしなくてもいい状態で自分から仕事をしに出ていくのは確かにおかしい。ただ勿論、毎回きっちり全員で出ていくのには理由があった。 「8人の隊と30人の隊は完全に別行動だぞ」 横にいたエデンスの言葉に、セイネリアは軽口で答えた。 「だろうな、まぁ8人の方はとりあえずはどうでもいいさ」 「……まぁ、あんたとしちゃそうだろうな」 8人の方は第一陣側の連中が出している隊で、そこから更に分かれて偵察する筈だ。確か風の神や森の神、地の神の信徒がいて慎重に動いているから現時点では狙わない。30人の馬鹿を始末した後上手く釣れたら良いか程度だ。 「で、30人の方は仲良く団体行動か?」 「そういう事だ」 セイネリアが馬鹿にしたように鼻で笑えばエデンスは肩を竦める。 30人側は、当然第二陣側で出した偵察部隊だろう。 基本的に偵察というのは隠密行動をとりやすい人数で行動するものだが、それだけの人数でまとまって行動しているのなら理由は恐らく――。 「戦いたいらしいからな、有難く相手をしてもらおうじゃないか」 そんな人数でぞろぞろうろつくなら、敵を見つけたら叩いて成果を上げようとしていると考えて間違いない。 第二陣の連中は第一陣の連中と張り合っている。相手にマウントを取るために目に見えた功績が欲しいのと、あとは出来るだけ早くこの辺りの地形に慣れて遅れを取り戻したいのだろう。 「……なんか戦いに入る前から、敵が可哀想になってくるな」 「あんたが言うのか? 敵が可哀想な事になってるのはあんたのせいも大きいだろ」 実際、魔法対策が不十分な状態でクーア神官が相手にいたらそれだけで戦闘を避けた方がいいレベルの脅威だ。 「そんでもやっぱ一番の敵の不幸はマスターがいる事だと思いますが?」 「そうだな」 嫌味を込めて丁寧な口調で言ってくる彼の言葉を、セイネリアは否定はしなかった。 そうして先頭でそんなやり取りをしていれば、いつもの偵察と違うのを察して団の他の連中の顔には緊張が広がっていく。 一応団の人間であればエデンスがクーア神官であるというのは分かっている。そして彼はいつもならカリン達と組んでこちらとは別行動をしている事も知っている。だから当然、彼とカリンがこちらと行動を共にしている段階でこれはいつもの偵察とは違うと分かっている筈だった。 ……だが逆に、砦を出る段階ではいつも通りの面子がいつも通り出ていっただけだから、味方の他の兵達は不審に思う事はない。 「さて……もうすぐ普通に見ても相手の待機場所が見えてくる筈だ。奴らのんきに休憩中だ」 エデンスが言いながら前方を指さす。セイネリアは後ろの連中に振り向いて言った。 「だそうだ、各自戦闘準備、ここからは極力気配を断(た)って歩け」 声は張り上げなかったが全員に声は聞こえているだろう。こういう場合に返事を返すべきではないと分かっている面々はその場で頷いた。 それを見てセイネリアは足を止めた。 「では、まずは任せる」 そうして、自分の後ろを歩いていたクリムゾンに先頭を譲った。これは最初からの予定通りだ。 「はい」 クリムゾンはこちらを見ずに武器を構えて慎重に先頭を歩いて行く。他の連中もそれに続き、最後尾にいたカリンは足を止めてエデンス、セイネリアと共に彼等を見送った。 --------------------------------------------- |