黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【14】



「現在、村に来ている兵は先行分の100名程ですが、すぐに第二陣、第三陣が来ることになっています」

 そこでカリンが報告の続きを始めれば、エデンスは何も言わず後ろに下がった。

「奴らはここで決着をつける気か?」

 現状向うがすぐ集められる兵は多くみても3、400だ。となれば必然的にそういう事になる。

「はい、おそらくは。第三陣には指揮官としてセウルズ・クルタ・ロセット・ダンが来るそうです」

 そこまで事務的に話していたセイネリアが、僅かに口元を歪めた。

「成程、被害を抑えるために早期決着か」

 調べたところセウルズは、キドラサン家の忠臣で優秀な剣士だが好戦的という言葉とは正反対の人物だ。なにせ東軍と西軍の仲が悪い事を分かっているからこそ、軍部での地位をあえて断ってただの剣術指南役でいたというエピソードまである。おそらく彼が長男側についたのだって、彼としては『その方が争いなく決着がつけられる』と思ったというのが一番にあったのだろう。次男側がセイネリアを雇ってしまった事でその計算が狂ってしまったが、そうでなければある程度までは彼の思惑通り行ったはずだ。

 だからそんな男であれば、自分が責任をもって決着を着けなくてはならないと思うのは当然だろう。
 だらだらと細かい小競り合いを繰り返して犠牲を積み重ねるより、さっさと『負かせば相手側の士気が落ちる』と思われる存在を倒して決着をつけてしまおうと考える。

「無駄な時間を使わなくていいのは助かるな。引き続き、向こうの状況を探っていてくれ。特に第二陣、第三陣が来る正確な日は分かり次第すぐ知らせてくれ」

 言えばカリンとエデンスは了承の返事を返して天幕から出ていく。
 それを見てからセイネリアは傍にいたクリムゾンに顔を向けた。いつもならこういう役はカリンかエルだが、今回はカリンが偵察を担当しているからその代わりだ。

「クリムゾン、メイゼリンに話があるから都合をつけてくれるよう伝令を出してくれ。出来れば総指揮官殿にも同席して欲しいと付け加えてな」
「はい、了解しました」

 赤い髪の剣士は恭しく頭を下げて彼もまた天幕から去る。
 それで天幕の中にはセイネリア以外誰もいなくなったが、きちんとした建物ではないから外の様子は聞く事が出来る。クリムゾンが外にいる見張りに声を掛けて用件を伝えているのを聞きながらセイネリアは考える。

 向こうの出方を見るつもりではあるが、少し揺さぶっておくのも悪くない。
 セイネリアというイレギュラー要素を考えなければ、戦力的には高名な人物がいる向うが有利には見えるが、それはそれで悪い面もあるのだ。

 基本的に向こう側の戦力の主力はキドラサン領内の西部軍である。シェナン村にも西軍の旗が立っているのはメイゼリン下の偵察部隊が知らせている。そして当然ながら西軍には元からちゃんと西軍としての指揮系統が存在している。そこへ西軍の外から英雄扱いの人物がくれば、指揮権で揉める可能性は高い。セウルズの性格からして対立の兆しがあれば彼が自ら引くだろうが下っ端兵は迷う。更にはその上に長男の母親の兄という官僚上がりがいて一番の発言力を持っているのだ、どう考えても一枚岩の動きが出来るとは思えない。
 逆に次男側はもともと東軍のトップだった連中が一番上に立って指揮をするのだから指揮系統は東軍の時のままで上の方で意見が割れる事はほぼないと言っていい。少なくともセイネリアが何をやるにしても、あくまで傭兵として雇い主の許可を取って動くようにすれば指揮系統の混乱は起こらない筈だった。

 セイネリアの目的はどうあれ、傭兵としての役目は勿論果たすつもりである。次男側に雇われたからには次男側を勝たせる。そうする事で、セイネリア個人の目的も叶え易くなるはずだった。

――さて、どこで崩れてくれるかだな。

 セイネリアは唇に昏い笑みを引いた。
 長男側の軍は必ずどこかでボロを出す。出来ればセウルズが来る前に一戦闘起こして脅しをかけておきたいところだった。




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