黒 の 主 〜傭兵団の章一〜 【13】 次男であるゼーリエン派の戦力的な拠点となっているトルシアン砦は、砦の規模自体は領内でもそれなりではあるものの平時に常駐している兵は20人程度だ。当然集められた兵達の寝床などある訳がないから柵を新たに作って敷地を拡張し、その中に天幕を張って皆そこで寝泊まりしている。 主に敷地内の外周周辺にあるのが傭兵や下っ端兵のための天幕で、中央の建物付近にあるのがバミン卿の私兵やキドラサン領の東軍正規兵達のためのものとなっている。当然、中央建物前の一番豪奢で大きな天幕がゼーリエンとメイゼリンのものとなる。 セイネリア達は傭兵であるから基本的には外周の天幕となるが、それでもすぐにゼーリエンと話せるようにとその中でも比較的内側、バミン卿の私兵連中との境界にあたる場所を割り当てられていた。しかも傭兵団一つで一つの天幕ではなく、セイネリア達団の幹部用と他の団員達用で2つくれたのだからかなりの好待遇だろう。 有難くセイネリアは、こちら側の話し合いには幹部用の天幕を使わせて貰っていた。 「俺らがこっちに入ったせいだろうな、向こうは相当警戒してる。村には立派な柵が出来てたぜ」 クーア神官エデンスのその報告を聞いてから、セイネリアはカリンに視線を向けた。 「村人には避難命令を出しているそうなので、向うはシェナン村をこちらとの戦闘に向けての拠点とするつもりなのでしょう」 エデンスはカリンと組んで貰って基本はシェナン村に篭った敵軍の偵察役をしてもらっていた。彼には傭兵団が仕事を受けるようになってから一応名だけは所属してもらっていたが、傭兵団の一員として仕事に出るのは今回が初めてだ。 ただし、へたにクーア神官がいると言うと余計な仕事を振られたり警戒される可能性があるため、雇い主であるメイゼリンには話していない。部下としてリストは渡しているから別に騙している訳でもない。彼女がリストの人間を一々冒険者事務局で照会すればちゃんとわかるのだから。 現状では、一応雇い主と言っても全面的に信用している訳ではないので、この手の奥の手は必要になるまでは言わないでおく。それに当然、どこに敵側の送り込んだ者がいるかも分からない。 「村の中に潜入してきたのか?」 「はい……その、彼がいましたので、簡単に……」 少し困惑気味だがカリンがエデンスを見ながらそう言ってきたから、セイネリアも彼を見て言ってやる。 「転送を気楽に使えるのはそれだけでインチキレベルの優位点だからな」 「けっ、そのインチキを超えるインチキ技をあんたは気楽に使えるだろ?」 それは魔法使いの転送の事を言っているのだろう。流石に今回は部隊を率いているためここに来るのに転送は頼まなかったが、いざとなればいくらでも足りない物は首都に即取りに行けると言ったら彼は少し拗ねていた。 「かといって魔法使いの術に関しては、信用出来ない人間にはそうそう使って見せる訳にいかないからな」 「まぁ……そりゃな」 エデンスはため息をつく。一目でクーア神官と分かる恰好は流石にしていないが、軽装に長めの上着を羽織っているから他の者からも術者とは思われているだろう。 黒の剣傭兵団という事で、エルがノリで団員達はなるべく黒い恰好をするように決めてそう指示を出しているのだが、とりあえず装備はそうそう変えられないだろうから全員に黒いマントを作ってやっていた。セイネリアのもののように重いものではなく、それぞれの要望に合わせて作っているから、エデンスは軽めの布でフード付きの出来るだけ姿を隠せるものを身につけていた。 それを脱ぐと流石にクーア神官だと分かるが、少なくともマントを羽織っている時はバレない筈だった。 「ま、偵察と言っても俺は見る事しか出来ないしな、嬢さん達がいてくれるおかげで詳しいトコまで調べられる」 クーア神官として転送術を使えるエデンスは千里眼も持っている。勿論それらの術は断魔石の影響を受けるが、相手にクーア神官がいると分かっていない限り、領内の小競り合い程度で完全な対策がされている事はまずありえない。エデンスの話によると現状、シェナン村で断魔石があるのは村長の家くらいらしい。今はまだ村の防御を固めている最中だからこれから設置される可能性はあるが、現状では村の中への転送も、中の様子も見放題だ。 だからカリンとその部下――情報屋から連れてきた二人を村の中へ転送し、その様子を外からエデンスが監視して、彼女達に危険があれば知らせるなり迎えに行く……というやりかたで簡単に村の中の情報は手に入っていた。 --------------------------------------------- |