黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【12】



 悪いニュースにセウルズは顔を顰めた。
 セイネリア・クロッセスという男が率いる黒の剣傭兵団に依頼を出して、断りの返事が来たのが4日前。そして今日、彼が団員を20名程連れて現在反乱軍がいるトルシアン砦に合流したそうだ。

――出来れば敵に回したくなかったのだが。

 セイネリアという男の噂はセウルズもいろいろ聞いてはいた。胡散臭い噂も多いが、調べていけば貴族間の問題にあちこちで絡んでいて、少なくともただ化け物級に強いだけの男ではないというのは分かった。
 強いだけの男なら魔物と同じだ、数と策で対処できる。
 だが貴族間の謀略劇に絡んで操れる程の手管があるとなれば話は違う。こちらより向うの頭が良いとなれば数百の兵以上の脅威となる。

 実際、彼の噂を眉唾モノだと思っていたセウルズも、調べた実績を見てぞっとした。敵に回したくないからこそ、急いでこちらも黒の剣傭兵団に依頼をするようこちらの派閥のトップであるサービズに進言した。本当にセイネリアという男の頭が良いのなら、向うについて無駄に戦火を広げるマネはしないのではないか――という思惑はあっさり破れてしまったが。

 セウルズが亡きキドラサン卿の長子、サウディンについた理由は、当然長子が継ぐ方が正統だろうと思ったというのもあるが、それで次男のゼーリエン側が大人しく諦めてくれると思ったからだ。
 ゼーリエン側の後ろ盾はバミン卿であり、彼とセウルズは友でもあった。
 だから戦火を回避して、せめて話し合いの席についてくれると思ったの……だが。

――やはり俺には、思惑通り人を動かせる程の頭はないらしい。

 長子サウディンの母エーシラは、病弱で長く生きられないと言われたからこそ息子を領主にすることに拘っている。夫を亡くしたことで更にそれが強くなったようだ。エーシラの兄サービズは官僚としては優秀で、彼ならサウディンを支えてこの領地を守っていけるだろうと思った。

 基本的には、サウディンとゼーリエンの領主としての才覚についてはどちらが上と言える程の差はない。サウディンの方が地頭はいいが、多少甘え気質があるため悪い意味で意固地になる時がある。それでも自分一人でやっていけないのを分かっている分、後で頭が冷えるとちゃんと人の話も聞く。
 一方ゼーリエンはいつも母親の勢いに押されているせいか妙に斜に構えたようなところがあるが、別に意地が悪い訳ではなく慎重派なだけだ。兄であるサウディンに対しては普段からちゃんと敬意を払った態度を取っている。それが嫌味や形だけではないというのをセウルズは分かっていた。
 だから性格的にはサウディンが領主になった方がうまく収まると思った。ゼーリエンのような性格は補佐の方がその能力を発揮しやすいだろうとそう思った。

 そうして実際戦う事になった時、東軍の兵達はセウルズを敵に回す事に躊躇するのではないかとも考えた。少なくとも武力衝突前に、バミン卿が話し合いの席についてくれると思っていたのだ。
 ところが両陣営の対立ムードが高まってピリピリしていたところで、バミン卿率いる東軍に対抗して西軍がサウディン派につく事を宣言した。それと同時に領都周囲の東軍管轄だった区域に、サウディンを守るためと称してかなりの部隊を送り込んできたのだ。当然そこで揉めたのちに戦闘となり、戦闘準備が不十分だった東軍部隊が撤退せざるえなくなってそのまま領都からゼーリエン派の者達も一緒に逃げるしかなくなった。どう考えても西軍の暴走なのだが、サウディン派の上層部もこれから彼等に頼って戦わなくてはならない手前責められる訳もなかった。

――大きい戦いだけは回避したかったのだが……これでは無理か。

 バミン卿もここまで西軍に馬鹿にされ、配下に被害が出てしまっては退く訳にはいかなくなる。あとは双方共に出来るだけダメージが少ない間に決着がつくようにするしかない。
 願わくば、セイネリア・クロッセスの噂による化け物じみた強さがそこまでではなければと思うが……それはないだろうな、とセウルズは重い息を吐いた。

「ダン様? どうかなさいましたか?」

 弟子兼雑用係としてついているアッテラ神官のボーテの声にセウルズは振り向いた。なんでもない、と呟いてからふと考えて彼に言う。

「これからサービズ様に手紙を書く、悪いがすぐに届けて貰えるか?」

 戦闘は避けられないとしても、この地のために出来るだけ犠牲は抑えなくてはならない。ゼーリエン側がセイネリア・クロッセスを雇ったのは自分がサウディン側についたせいもある。ならば自分が出来るだけの事をするしかないとセウルズは決心した。




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