黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【8】



 問題にしているキドラサン領の話というのは、いわゆるまたもだが領主争いだ。キドラサン卿が死んで、次男と長男二人のどちらが領主になるかで争っていて既に内戦となっているらしい。ただここでやっかいなのは長男陣営と次男陣営の両方から依頼が来ている事で、どうやらまず次男側がデルエン領の領主争いでのセイネリアの情報を手に入れて依頼した後、長男側が対抗して依頼をしたという状況のようだ。

「お前ならどっちを受ける?」

 そこで聞き返されたから、エルはむっとしつつも一応考えた。

「あー……俺なら仕事自体受けねぇな。あ、いっとくが内容的に面倒ってのが理由じゃねぇぞ? どっちもどっちって感じだからだ、どちらにもつきたくはねぇ」
「まぁ、普通ならそれが正解だろうな」

――普通なら、ねぇ。

 エルの顔が引きつる。セイネリアはやはり平然とした口調で話を続ける。

「お前の思った通り、確かにどっちもどっちだ。長男と次男の能力も似たようなモノで、どちらがよりマシと言える程の差はない。戦力面もほぼ互角だ。問題となるのは背後についてる連中の差だな、現状の体勢を優先するか、体勢を新しくするか。どちらもいいところと悪いところがある、どちらがより良いと言えるモノではない」

 セイネリアのその分析は、自分のような直感ではなく調べた上での話だろう。前に彼から聞いた事があるが、基本的に貴族の勢力争いというのはどちらかがはっきり正しいと言える事の方が稀で、大抵はどっちもどっちだそうだ。

「んじゃどうすんだよ?」

 セイネリアは相変わらず表情も変えずにあっさり答えた。

「次男側の仕事を受ける」
「理由は? 先に依頼が来たからか?」

 即聞き返せば、セイネリアは最近にしては珍しく、口元だけに僅かに笑みを浮かべた。

「いや、長男側と戦う方がおもしろそうだからだ」

 さすがにそれにはすぐ言葉を返せず、エルは顔をひきつらせたまま暫く固まった。……つまり、長男側の方には敵としては厄介そうなのがいるのだろうと正しく理解したエルは、なんだか本気で頭痛がしてきて頭を押さえた。

――いや、どんなのが相手でもこいつならどうにか出来るって思うけどよぉ。

 本来なら勝ち馬に乗れるよう安全な方を取るところを、この男の場合は危険そうな方を選ぶところが困る。下がいるんだからこっちの被害を考えてくれ、と言いたいところではあるが、戦力として見た時のこの男の力が絶大過ぎてそれに文句を言えもしない。
 これで痛い目を見た事がない故の自信家とかなら苦言の一つ二つ本気でいうが、この男の場合はエルより冷静に相手をちゃんと分析した上だというのも分かっている。エルが何か言っても、そんなの既に分かっていると言われるのがオチだ。

 だからエルが返せるのは深いため息しかない。
 実際、どんな決定であってもセイネリアが決めた事なら文句を言う気など最初からないのだから。

「今回の仕事、貴族の権力争いなら、偵察役は必要ですね?」

 そこでカリンがそう言いながら自分の横に来て、エルは思わず彼女の方を見た。その真剣な顔を見て、エルは彼女の意図をすぐ理解した。

「そうだな、お前の下から2人くらいその手が得意な人間を出してもらうつもりだ」

 ただセイネリアは事務的にそう返しただけでカリンの顔さえ見ない。思わずエルが、違ぇだろ、と怒鳴りそうになったところでカリンが言った。

「分かりました、一人は私でいいでしょうか?」

 そこでやっとセイネリアが彼女の顔を見る。ただその顔には表情らしい表情はなく、驚いたようにも、予想していたようにも見えない。その様子にエルは内心イラっとした。

「お前にはあまり危険な仕事をさせる気はないんだが」
「ですが、偵察役なら私が一番適任です」
「お前でないから、2人と言った」
「それでも、慣れている私が行った方が良いと思います。領主候補の護衛も出来ますし」
「お前は俺がいない間、ここを見ていてもらわなくてはならない」

 セイネリアの声はムカつく程冷静で、エルの苛立ちは更に増す。だからずいと前に出ると、セイネリアの机を叩いて彼を睨んだ。

「いーじゃねぇか、こういう仕事でカリンがいきゃお前もいろいろ動き易いってのは分かってンだろ? 代わりに今回は俺が残る、それならいいだろ?」





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