黒 の 主 〜傭兵団の章一〜





  【7】



 エルが廊下を歩けば、すれ違った団員が目礼と共に自然と道を開けてくれる。実はそいつはずっと前に一度仕事をしたことがある程度の知り合いなのだが、真面目だからか団に入ってからはエルをきっちり上として扱ってしてくれるのだ。

――ま、ンな堅苦しいのは好きじゃねぇんだけどな。

 上に見られるのは悪い気分じゃないが、堅苦しいのは好きじゃない。だから基本、以前からの知り合いには勿論、他の団員達にも別に普通のパーティメンバーくらいのつもりで話しかけて構わないとは言ってあった。

「お、エル、どこ行くんだ?」

 そこで鍛錬を終えて外からきたばかりらしい男がエルに手を上げて近づいてきた。こんな感じで、エルは団内の表向きのナンバーツーだが、団員達は普通にタメ口で話してくるのが殆どだ。

「マスターのとこだよ」

 言えば笑顔だった相手の顔が引きつる。セイネリアに対する団員の反応は皆、一言で言えば『怖い』だ。エルに対してとは違って、どんな自信家だろうとどんな能天気馬鹿だろうとセイネリア相手に気楽に話しかけられるような奴はいない。というか、皆セイネリアの一睨みだけで震えあがる。

――まぁ、最近のあいつに対してその気持ちは分かるんだがよ。

 元から強面のおっかない男だったが最近は更にヤバイ。慣れてるからいいものの、最初に会った時から今のセイネリアだったらこの関係が築けたかは分からないくらいだ。

「そか、そら……ご苦労様というか……がんばってきてくれとしか」
「ただの仕事の話だ、べっつにいつもの事だよ」
「いやーエル、あの人と普段から話してるってだけで俺はあんたを尊敬してるよ」

 まぁだからこうして、それだけ怖いセイネリアと普通に話せるエルに対しては、普段タメ口を使ってきてる連中もちゃんと上に見て従ってくれる訳ではある。セイネリアと直に話したくはないから、団員たちは団の事で何かあれば全部エルに話しかけてくる。絶対的なトップの下に団員達が気楽に話しかけられるエルがいる事で、団員達は不満を抱える事なく、かつ団に対して従順となる。セイネリアが最初に計画していた通りで、そこは流石としか言いようがない。

――その分俺の負担は大きい訳だがよ。

 団員達が慣れてきて古株と言われるような連中も出てくれば、そいつらがエルの仕事をある程度減らして新人教育もしてくれるだろうが、今は団の事で何か意見や質問があれば全部エルが相手をすることになる。その仕事だけでいいなら問題ないが、これで対外交渉もやらないとならないから流石に少々きつい時もあるのだ。
 ……一応、無理な時はカリンやセイネリアに言えと言われてはいるが、自分の担当仕事を人に投げるのも出来ればやりたくなかった。勿論、本気で無理な場合は言うつもりであるが。

 部屋に帰るらしい団員に手を上げて別れを告げ、エルは階段に向かっていく。
 今回はセイネリアからの呼び出しで、どうやらカリンも呼ばれているらしい、となれば……前もってセイネリアに仕事依頼の一覧を渡しておいたエルとしては心当たりがあった。今回の依頼の中にはセイネリアが選びそうないかにも面倒そうな仕事が入っていたのだ。

「悪ィな、ちぃっと遅れた」

 セイネリアの執務室の扉を開けると既にカリンは来ていて、少し待たせたかなと思いつつエルは急いで中に入った。

「先に話をしていたから問題ない」

 平然とした声でそう返されたから、へいへい、と呟きながらエルはセイネリアの机の近くまで歩いて行った。

「で? 話ってのは……やっぱ例のキドラサン領の仕事について、かね?」
「そうだ」

 あっさりそう返事を貰って、エルは盛大にため息をついてみせた。

「やっぱあれ受ける気かー」
「あぁ、面白そうだ」

 はははは、と乾いた笑いと共にエルはじとりとセイネリアを見た。
 面白そう、と言いつつも彼の顔はまったく笑っていない。そこは少し違和感があるが、その程度にわざわざあれこれ言う気は今更なかった。
 だから、頭を切り替えて仕事の話を続ける。

「なら、どっちを受ける気だよ」





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