黒 の 主 〜真実の章〜 【32】 「残念だが俺があの剣をじっくり見るのはヤバくてな、直接剣から読み取るのは無理だ。だがそうだな……お前と繋がっているからお前を通してなら見える事があるかもしれない。ただ少なくとも今は見えないな。お前は今、奴らの感情を感じているか?」 「いや、今は感じない」 「もしかしたら、お前が感じるくらいむこうが感情を露わにしてる状態なら分かるかもしれないが……そこは試してみない事には」 「そうだな……」 ――何か、引っかかる。 セイネリアがそこでまた何か考えだせば、今度はケサランの方から言ってきた。 「そういえばさっきの……ギネルセラの話だがな、本気で魔槍の奴よりは意識がしっかりしてる可能性はあるぞ」 「……何故そう言える?」 「名前が分かってるからだ」 「名前?」 訝し気に聞き返せば、ケサランはまだセイネリアが知らなかった事について淡々と、わざとだろう感情を感じさせない口調で説明してくる。 「武器やモノの中に魂を入れた魔法使いだがな……やはり年月が経ち過ぎると細かい記憶や意識は薄れていく事が多い。特に長く使われる事なく眠っていたもの程その傾向がある。そうして自我が薄れてくると自分が強く感じていた感情や思っていた事ばかりが残る。いわゆる未練、という奴とかだな。これは魂だけになってそのヘンを漂ってる連中と同じだ。だが自分の名前が分かっていれば、自分が何者であるか思い出せる。名前を知る事によって自分を取り戻せる可能性が高い。だから魔法使いは自分が中に入る武器にはその名前を入れておくことが多いんだ」 成程それならギネルセラに自我が残っている可能性もあると考えていいだろう。だがセイネリアはそこでふと思う――そういえば、騎士の名前が分かっていない、と。 剣には文字が記されていなかったし、魔法ギルド側の記録にもないようだから騎士の名前は誰にも分らない。 「自分の名前が分からないと、意識が保ちにくいと言う事か?」 聞いてみれば、ケサランは腕を組んで考えながら口を開く。 「というかな、名前が思い出せない時点で自分が誰か分かっていない可能性が高いんだ。そういう連中は強く考えていた事、未練や執着を残していたものだけしか覚えていない事が多いな」 ケサランは『承認者』として、最初は魔槍の中身を確認し、魔槍の主としてのセイネリアという人間を調査する為にやってきた。それはつまり少なくとも、魔法使いが入った魔法武器を今までいくつも見てきていると考えていい筈だった。 その彼がそういうのなら、自分は思い違いをしていたかもしれない。 セイネリアを剣の主と決めたのは確かに騎士だろう。だがそれは騎士にとって『強く考えていた事、未練や執着』に当てはまる事だとも言える。いつか現れるだろう自分の技能を渡す人物へ、『その時』のために考えていた言葉だったというのならあの場面でのやりとりが出来た事も納得は出来る。こちらに毎夜ずっと見せていた夢も、王を裏切った後悔と自己弁護の結果だと考えれば、これも『強く考えていた事、未練や執着』の範囲なのかもしれない。 あるいは……ギネルセラに意識があって、騎士の願いの補助をしたとも考えられる。 ギネルセラは騎士に対して常に好意的だった。騎士が王に従って剣の主導権を握ろうと剣の中に入った時でさえ、ギネルセラは騎士を罵ろうとはしなかった。 「……らしくないな、どうした?」 どうやらケサランがこちらの感情の変化を読み取ったらしく、深刻な顔で聞いてくる。 セイネリアはそこで、正直迷った。 騎士の話をするかどうかを。 騎士の話は魔法ギルドの知らない話だ。ここで彼に言えば魔法ギルド側に伝わる可能性がある。それによって魔法ギルド側で立てられる予想もあるだろうし、デメリットばかりとは限らない。 だが、セイネリアはまだそこまで魔法ギルドと深くかかわるつもりはなかった。 後の交渉のためにも、魔法ギルド側が知らない事は知らないままにしておいた方がいいと思っていた。 --------------------------------------------- |