黒 の 主 〜真実の章〜





  【33】



「いや、俺もまだ全部を言う気はない」

 こちらとしては彼に嘘が通じないなら、言えない事はそういうしかない。
 それには顔を顰めた魔法使いだが、文句は言ってこなかった。
 セイネリアは現時点ではまだ、騎士の話は彼にしない事にした。
 ケサランは何も言ってこない。だが、その顔はこちらをじっと睨むように何かいいたげではあった。

「俺を心配しているのか?」

 だからわざと軽く聞いてみれば、魔法使いらしくない魔法使いは怒鳴った。

「当たり前だ、お前の感情がそんな不安定なのを俺は見た事がない。お前が魔法使いを嫌いなのはわかるが、何かヤバイ兆候があるならちゃんと言え。お前の許可なくギルドに言わないくらいは約束してやるっ」

 本当に、どこまでも魔法使いらしくない男だとそう思いながら、その言葉に一瞬だけ迷いはする。だがこれはまだ彼には言わない。

「前に言った通りだ、自分の体がどう考えても異常な状態だからな、俺でも動揺はあるさ」

 ケサランは疑いの目を向けてくるが、それでも彼はため息をついてこちらから視線を外した。

「そこは慎重に確認していくしかないだろう。なんなら自分の体を毎日細かくチェックしておけ。何か違いが出るかどうか、きっちり正確に記録を残して毎日比較しろ。少なくともそれで……どんな事でも『戻る』のかどうかは多少分かるだろ」
「そうだな、分かった」

 それには素直にそう答えれば、承認者と呼ばれる魔法使いは驚いた顔をした後にまた視線を外して下を向いた。セイネリアが何も言わず待っていれば、暫くして彼は酷く苦々しい、言う事自体を迷っているような口調で言葉を続けた。

「魔女共が……若さを保つために命を吸って魔力に変えているのをお前は知ってるだろ」
「あぁ」
「実はな、今でもギネルセラのように規格外の魔力を持って生まれる者はいるんだが……彼等は他から命を吸わなくても、自分の魔力だけで当然相当長く歳を取らずにいられる」

 つまり、と彼が話を続ける前にセイネリアは彼が何を言いたいかを察した。

「魔力があれば、体はいくらでも維持できるという事だ。黒の剣の魔力なら……不老不死でさえ望めば簡単に叶う。剣にとっては消費したことにさえならない程度の魔力で済む。いやむしろ、お前に流れている魔力量からして……そうでない方が、おかしい、くらいではあるんだ」

 それがセイネリアにとっては絶望となる言葉だと分かっているからこそ、やたらと苦し気に魔法使いは言う。本当に、まったく、魔法使いらしくない。

「俺が、望んでいなくてもか?」

 試しにそう尋ねてみれば、またケサランは怒鳴る。

「知らんっ、ただ単に魔力的な話をすれば、というだけの話だっ。まだ確定の話ではない。単なる可能性だっ」

――そう、まだ、確定ではない。

 それに縋る自分が無様だと思いながらも、セイネリアに残された希望はそれだけしかなかった。

 生きる意味を手に入れたかった。
 そのために強くなろうとした。
 強くなっても、まだ生きる意味は見つけられなかった。心が満たされる事はなかった。けれど、強くなる事、強い敵を倒す事は心に熱をくれていた。それを少なくとも、自分は楽しいと感じていた。ある程度は心を満たす感覚があった。

 だが、強くなる事も、相手に脅威を感じる事もなくなってしまったら、一体あとは自分に何が残るというのか。

 その状態でもし、死すらないというのなら――セイネリアでさえその以上考える事をやめる程、その先には絶望しか見えなかった。







 それからほどなくして、セイネリアは黒の剣傭兵団を正式に立ち上げた。
 更にそこから半年後、拠点予定地に本館とする建物が完成し、外からも入団希望者を募集して本格的に傭兵団として仕事を受けるようになった。





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