黒 の 主 〜真実の章〜 【31】 今度は顔を顰めるのはセイネリアの方だった。 ケサランはまた肩を上げて見せてから答えた。 「そうだな……考えてる事がハッキリ読み取れるんじゃなく、相手がこちらに向けてる感情が分かるんだ。……まぁ正確に言うと感情というのとも少し違うのかもしれないが、感覚的に相手の気持ちというか『どういうつもりでいるのか』が分かる。で、思考と違ってそういうのは嘘も誤魔化しも出来ない。何も考えないようにしていたり、嘘の考えを思い浮かべていたとしても、その『何も考えないように努めている』感覚や『嘘をつこう』とする感覚の方をこちらは読み取るからな」 そこまで聞けば、セイネリアもおぼろげながら理解出来た。そして、それと同時に納得する。 「だから、『承認者』か」 この魔法使い相手には嘘はつけない、だからこそ彼は見極め役をしているという事なのだろう。 「そうだ、その人間が信用出来るかどうかが分かる。それと……感情が分かるから、相手が不快な事項は極力避けられる。だからギルドではいわゆる交渉役として重宝されてるという訳だ」 「成程……確かにな」 今度は思わず苦笑の息が漏れた。相手の嘘のない感情が分かるなら話していれば性格を掴むことも容易い、その人間がどういう人間か分かるなら交渉も得意だろう。実際、最初は胡散臭いと思っていた彼だが、正体をバラして話してからは彼はセイネリアに対して不快にならない交渉の仕方をしていた。 「なら、応用範囲とは?」 ただの心を読む能力よりも漠然としている分誤魔化しが出来ない――というのは特性であって応用ではない。だからもう少し他の使い道もあるのだろうというのは予想出来る。 「理論建てた思考ではなく、そういう漠然とした感覚や感情なら人間以外にも使えるんだ。で、動物みたいな知能の低い相手に関してはこっちの感情と同調させてある程度は操る事も出来る」 それを聞けばすぐにセイネリアも思い出す事がある。成程、だから魔物をこちらにけしかけてくるなんてことが出来た訳かと、分かれば確かに能力の使い勝手に感心する。 そして、もう一つ、彼の言動も理解できる。 「……だから、群れのリーダーを連れて行ったら群れが困るなんて考えたのか」 「まぁな」 ケサランは罰が悪そうにそっぽを向いたが、彼が魔法使いらしくないのはこの能力のせいでもあるのだろう。相手の感情が分かるからこそ、相手に同情もしてしまう。それが嘘偽りのない感情だと分かるからこそ疑わずに同情出来るというのもある。 だから彼は、セイネリアが自分でも不安を抱えている状況を見てやたらと気にしていたのだろう。 だが、そう考えれば別の疑問も湧く。 「……そういえば、あんたは今でも俺の感情が読み取れるのか? 今の俺には魔法は効かない筈だが」 聞けば今度は彼は難しい顔をして考えながら言ってくる。 「あぁそれだがな……確かに前よりは見えづらいが大体は分かる。感情というのは内にあるだけではなく外へも発散されるものだからな。本人から外へ放たれたものならお前自身に働きかける訳じゃないから見えるのさ」 「発散されるもの、か……」 「声と一緒だ」 「成程」 『感情は発散されるもの』という言葉には疑問が残るが、例えばケサランの能力がこちらの内面を覗くのではなく、声の調子や表情、視線、空気感や身体の反応などから総合して判断するものであるというなら納得できる。もしくは言葉通り本人から出されているのが見えているのかもしれないが。 「なら黒の剣の中の連中の感情は見えないのか?」 そもそもケサランは魔剣の中の魔法使いを確認するためにセイネリアに接触してきた。という事はつまり、魔剣の中の者の感情が見えるという事ではないか? 彼の能力が予想の後者側なら見えていてもおかしくはない、と思ったから聞いてみたのだが、それにケサランは肩を竦めてみせた。 --------------------------------------------- |