黒 の 主 〜真実の章〜





  【30】




 その夜のセイネリアの夢の中では、今までのように騎士の話の続きが始まる事はなかった。
 ただ、気色の悪い程の歓喜ともいえる感情が自分に流れてくるのが分かった。そして即座に、それが騎士の感情だというのも分かった。実のところこれはあの馬鹿どもを殺してる最中にも感じていた感覚で、おそらく睡眠中というこちらの意識が薄れている状態だとブロックする力が弱くなってきて向うの精神を近くに感じられるのだと思った。

 騎士の歓喜の理由は単純だ。
 やっと受け渡せた自分の技能。選んだ最高の肉体は、いくら戦っても衰えも疲れもしない。圧倒的な力で敵を打ち倒すその姿は騎士がずっと願っていたものだった。全てを捨てて願ったそれがやっと叶った今、騎士はただ喜びに打ち震えていた。

 まるでお気に入りの本を何度も読み直すように、夢の中では今日のセイネリアの戦いが垂れ流されていた。少しも危険を感じる事なく、ただ作業として確実に敵を葬っていくその場面が繰り返され、それに歓喜の感情を外から感じつつセイネリアは自分の心が更に冷えていくのを感じていた。

 だから起きた時には心はあの戦闘が終わった直後よりも更に冷え切っていて、だがだからこそ頭はやけに冷静に動いた。

――これのどこが正気だと?

 声に出さず呟いて、セイネリアはまた、笑った。








 その日、ケサランを呼び出したのは首都の南門から出た場所にある通称南の森だった。ここは首都から近いだけあって危険動物もほぼないないため、初心者冒険者が腕試しや薬草を取りによくくる場所である。ただしそれは首都から近い周辺で、森の奥、南西の方へいけばそのまま山に繋がっていてそこまで人が立ち入らない場所になってくる。
 今日セイネリアが呼び出したのは丁度その中間くらいで、基本的には人があまり来るところではなかった。

「なんだ、そっちから来たのか」

 正確な場所ではなく大体の場所での待ち合わせでも、魔法が見えるセイネリアには彼を見つけられる。魔法が見えるのは魔法使いなら当たり前の能力であるから勿論ケサランも見えている筈で、こちらからも歩いていけば向うは少し驚いた顔をした。

「あぁ、魔力は『見える』からな」

 そういえばケサランもこちらの事情を察する。

「成程、なら少なくとも魔槍の中の奴よりは、ギネルセラの方が意識がしっかりしているのかもな」
「そうだな」

 冗談めかして言った魔法使いの言葉に軽い口調で返してから、だがセイネリアはその言葉について少し考えた。

「……何かあったのか?」

 すぐにそう聞いてきた魔法使いは、考えればいつもこちらの反応の変化にすぐ気づく。今まで自然過ぎて特に疑問を感じた事はなかったが、ふと思いついてわざとシラを切ってみる事にした。

「別に」

 そうすれば魔法使いは顔を顰める。それからこちらを睨んで口を開く。

「言いたくないならいいが、そういう訳でもないんだろ? 俺を試しても無駄だぞ」

 その最後の一言で、セイネリアは思う。

「そういえば……あんたの魔法使いとしての能力が何か、まだ教えて貰ってなかったな」

 ケサランはそれに更に顔を顰めると下を向いて考え込む。
 だが暫くして軽く溜息をつくと、急に面倒そうに頭を掻いてみせた。

「あぁそうだったな。まぁ別にすごくもなんともない能力だが、一応希少能力だからギルドじゃ極秘扱いでへたに人に教えられない事になってる」

 そこまで普段通りの軽口で言った魔法使いは、そこでまた暫く黙ると真面目な目をこちらに向けて睨んできた。

「……だが、今のお前には話してもいいだろう。というか隠す意味もない」

 セイネリアは即答で聞き返した。

「こちらの心を読むとか、嘘が分かるとかの能力じゃないのか?」

 彼の先程の言葉からすればその辺りかと思ったが、魔法使いは肩を竦める。

「そんな能力なら結構いる、俺の能力はそれより不便だが応用範囲が広くて信用度が高い」
「というと?」
「相手の感情が分かる、それだけの能力だ」





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