黒 の 主 〜真実の章〜





  【28】



 それで他の馬鹿達もビクリと震えてから動きだす。各自がめちゃくちゃな雄たけびを上げてやってくる。だが一斉に向かってくる彼等を見ても、セイネリアの中に恐怖は砂粒程も湧かなかった。

 なにせ、穴や隙だらけだ。

 この人数が一斉にとびかかってきてもセイネリアには彼等が良く見えている。勿論それは一人一人が正確に見えている訳ではない、後回しにしていい雑魚は見えた途端に視線が次に行っている。こちらに走ってこようとする動きを見ただけで、瞬時にどいつにどう対処すればいいのか分かって、考える間もなく体が動いた。

 どれだけタイミングを合わせたところで、別人がそれぞれやってくるなら完全に同時攻撃などあり得ない。いくら人数がいたとしても隙間がまったくないなんて事はない。
 ならば一人づつ処理すればいい。
 人数が多いなら一人に掛ける時間を減らせばいいだけの話だ。
 次の攻撃が届くまでに一人片づけるのが理想だが、道があれば時間は作れる。最初の一撃が届く前に穴をあける場所を選んで一人を殺す、それを押せば後ろの一人を道連れにして倒れ、更にその後ろは足を止めるから人の流れが詰まる。前を塞がれた連中は当然横へと逃げ、それが周囲にいた連中の邪魔をして、結果として全体的にこちらに向かってくる連中の足は鈍る。その間に、死体の先にいる人間を殺して死体の道を作れば包囲からは抜けられる。

 いつものセイネリアだったら、この人数を相手するなら魔槍を呼んでいた。
 あれなら一度に数人を殺せる、どう考えても効率がいい。
 けれど今はなくても倒せる自信がある上――。

 そもそもそれでは、奴らがこちらを倒せるチャンスが万が一でもなくなるではないか、とセイネリアは思って喉を鳴らした。

 セイネリアが剣を一度振れば一人が死ぬ。剣を受けるなんて無駄な事はしない。相手の剣の軌道は分かる、それを避けて確実に、一人づつ、一撃で殺していく。
 普通これだけ人を殺せばまず剣がイカレれてくる。だがこれはケンナの剣だ、それにまったく相手の剣を受けていない上、相手の装備も叩いていないので剣自体のダメージも最小限に留まっている。今までのセイネリアであれば力技で押していたから剣への負荷が大きかったが、今のセイネリアの剣に無駄はない。まとめて相手を葬れなくても、一人を殺すための手間と時間が最小限になっているから倒す速さは殆ど魔槍と変わらない。

 足元には死体が積みあがっていく。
 死体の先に死体を敷いて、その上をセイネリアが進んでいく。
 避けられない攻撃は死体か敵を盾代わりにすればいい。

 セイネリアにはすべて見えていた。
 相手がどう動こうとするのか、どこから攻撃がくるのか、どこに剣を出すのが一番効率がいいのか。分かり切った通りに動き、ただ死体を量産していく。敵の剣が頭ののすぐ横を通り過ぎていってもひやりと少しも感じない。それは最初からそこへ来るようにこちらが動いていたからで、当たらないのが分かっているからだ。

 勿論、動いている最中にわざわざどう動こうと考えている訳ではない。
 考えなくても分かっていて体が自然に動いている。
 博打のようなけ引きもない、予想もない。

――これは本当にただの作業だ。

 それが自分の戦い方でない事を当然セイネリアは自覚していた。自分の中にある騎士の能力のせいだという事くらい分かっていた。
 だがこれが他人のものだと認識出来ない程、体は自然に動いている。自分が経験で積み上げてきたもののように体が当然のように反応する。どこまでが自分の技能でどこからが騎士のものかはわからない。だが自分はここまで強くなかった筈だというのは分かっていた。自分の今戦っている感覚が、夢の中で見た戦場の騎士の感覚と同じだという事が分かっていた。

 なにせその証拠に、いつもの自分ならもっとこの戦いを楽しめていた筈だ。

 血と悲鳴だけが周囲を彩る。
 セイネリアの動き一つで死体が一つ出来上がる。
 殺す度にセイネリアの心は冷えていく。これだけの人数がいて、それなり程度の腕はあって、未だに一度もセイネリアにとっての『想定外』が起こっていない。間違いでも油断でもマグレでも、相手の攻撃は一太刀どころかかすりさえしない。

――なんのためにわざわざ剣で戦ってやっていると思っている。

 こんなにつまらない戦いに付き合ってやっているのだ、せめて一撃くらいは入れてみろと、相手に対する苛立ちだけが募っていく。

「ば、ばけもの……」

 さすがにあっという間に半数以上が死ねば、馬鹿どもの頭に上っていた血もすっかり下がったらしい。今まだ立っている者達は、こちらに突っ込むのを躊躇して距離を取ったまま固まっていた。

 最後に刺した馬鹿を剣から振り飛ばしてから剣の血を振り落とす。
 残っているのが恐怖に引きつって動けない連中ばかりなのを見れば、怒りというよりもうんざりした。

「なんだ、これだけいて俺一人殺せないのか?」

 言いながら一歩前に出れば、固まっていた連中が2歩後ろに後ずさる。
 もう戦意が萎れてる連中に、それでもセイネリアはゆっくり剣を構えてみせた。

「俺を殺してみろ」

 そのまままた一歩前に出れば、ひ、と声を上げて彼等は更に引く。

「……でなければ死ぬ、と言っただろう」




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