黒 の 主 〜真実の章〜





  【26】



 出来上がったばかりの鎧を着て、黒く重いマントをつけて兜をかぶれば、そこには闇を纏った死神がいた。

 我ながら化け物らしく似合い過ぎてると思えば、セイネリアの口元には笑みが湧く。というか、ここまでなるべくしてなったような今の自分の状況とその姿には、もう笑う事しか出来ない。『運命』なんてモノがあって生まれた時からどうなるか決まっていたなんて話は大嫌いだが、今の自分は何者かが意図した通りの道を辿っているかのような気持ち悪さがある。生まれた時からこうなる事が決まっていたというなら、このシナリオを書いた人間は余程自分を狂わせたいらしいと思う。






――昨日、母親を殺してきた。






 別に憎かったとか、恨んでいたとか、そういう感情はなかった。
 あえていうなら、狂って現実が見えない女を哀れだと思った、あたりか。
 男が迎えにくると信じて、愛する娘がいると信じて、だがそのどちらもあり得ない女を惨めだと思った。
 だからもう、生きてる必要もないだろうと思った。この女の命は終わらせるべきだとそう思っただけだ。

 娼館の責任者は代替わりしていて、セイネリアがその女の息子だとは分からなかった。娼婦が一人死んだ程度は脅しと金を少し積めばそれで済む。この国では一応戦闘能力がない人間を殺せば罪になるが、それは商人や職人、神官や医者等、国にとって益となる善良な民だけが対象だ。娼婦や乞食等、冒険者登録もせず身分証明が出来ない人間は誰かが犯人に賞金でも掛けない限りは対象外だ。奴隷のように主人の保護義務もないから、娼館側が事故だと言えば警備隊はどれだけ不審な死体であっても調べはしない。

 面白い事に、見た途端思い出した女の顔は今はまた思い出せなくなっていた。
 首を掴んで締めたその感触は覚えているのに、女の顔は覚えていない、奇妙な話だ。

――まぁいいさ、別にどうでもいいことだ。

 どうせ今までも忘れていた。なら思い出す必要もない。
 あの女は幸せなまま死ねた。現実を知らないまま、ない希望をずっと抱いて、ありえない幸せな夢を見たまま死ねた。それは幸せではないか?

 セイネリアに後悔はなかった。罪悪感もなかった。逆に今のセイネリアには、彼女を羨むような気持さえあった。


 この町で指定された大規模傭兵団用の指定地区は西の下区の中にある。正確には表通りに近い中央区と貧民街である西の下区との間辺りだが、これは治安維持のためでもあった。早い話、貧民街の連中が表通りへやってきて悪さをしないための防波堤代わりという訳だ。それなりの戦力がある冒険者集団なら、治安の悪い貧民街に接していても問題ないだろうという意図である。
 だからセイネリアが向かった場所は当然西の下区だった。
 近道と、他の傭兵団の人間に見られないため、完全に貧民街の方へ一度下りてから買い取った場所へ向かう。その間いかにもガラの悪そうな連中とは何度もすれ違ったが、こちらが誰かは分からなくても皆距離をおいてすれ違い、目を逸らした。声を掛けてくる者はいなかった。

 そうして目的の場所へ着けば、丁度見慣れない連中が工事中の敷地の周囲に集まっているところで、彼らは近づいてきたセイネリアを見た途端、敵か味方かわからないからかこちらを見てざわついていた。
 セイネリアはその彼らの真ん中へ、何も言わずに歩いていった。
 ざわつきは更に大きくなったがこちらに直接声を掛けてくる者はなく、ただ彼等はセイネリアから距離を取ろうとする。
 だから自然、前を塞いでいた人間はいなくなり、セイネリアのために道が出来る。セイネリアはその道を迷わず進む。そうして開けた道の先にいた人物が見えると、その人物はすぐにその場で膝まずいた、クリムゾンだ。

「この人数を相手する気だったのか?」

 聞けば、クリムゾンは動揺のまったくない声で答えた。

「見せしめに数人殺しておくかと思った程度です」

 彼は好戦的だが無謀ではない。放っておいても、殺せるだけ殺してマズイと思ったら逃げる筈だ。勿論彼が逃げたら工事の方に被害が出るのは確実だから傭兵団にとっては損害が大きいが、それが彼の命以上に重要な訳はない。他の警備役や職人達は見当たらないから、彼が十分時間を稼いで逃がしてはくれたのだろう。

「まぁいい。お前はこぼれてやってきた連中がいたら始末を頼む」
「はい、了解しました」

 それでクリムゾンはセイネリアが奴らの相手をすると理解して、立ち上がるとすぐ後ろへと下がった。
 これがエルやカリンだったらセイネリアが一人で向かう事に一言二言言ってきたところだろうが、この男の場合はそんな事は気にしない。

 そこでセイネリアが馬鹿どもの方に向きを変えて剣を抜けば、やっと彼等もこちらを敵と認識したのか身構えた。




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