黒 の 主 〜真実の章〜





  【18】



 クリュース王国首都セニエティ、この街は南から北へと扇形に広がっていて、北の頂点からはみ出すように城があってその周囲は湖に囲まれている。未だに一度も外から攻められた事がない城は国力を示すように大きく、そしてその内部にはさまざまな魔法仕掛けの罠がある事でも有名だった。
 例えば、見えている通路と通れる通路は違うとか、自動的に転送される事前提の道順とか、ただの隠し通路も魔法で隠しているから一般人にはまず分からない。つまり、道順を知らなければまず思った場所に行く事は出来ないという事だ。

 入って最初、待機部屋でその説明を受けてから訪問客は謁見の間に通される。基本間違ったルートを進むと大階段前に飛ばされるそうだが、それでも迷ってそのまま行方不明になる者もいる――というのはお約束の脅し文句だろう。

 今回、現ナスロウ卿であるザラッツは、元騎士団の北東支部の改装が終わって正式にそこに住居を移す事を王に報告しに来た。
 勿論、そもそも王がそれを指示したのだから改装が終わった事自体は既に王の元に連絡が来ている筈ではある。それでも王から褒美として渡されるものであるため、住居を移す前にザラッツ本人が王に直に感謝の言葉を言いに来なくてはならなかった、という事情だ。
 セイネリアの今日の立場はそのナスロウ卿ザラッツの護衛だった。
 これは前に、一度実際の王を見てみたいものだとこぼしたのを彼が覚えていて、今回わざわざ声を掛けてくれたためである。

「いいですか、分かっていると思いますが……」
「分かってる、本当にただ見るだけだ。護衛として、あんたに何かない限りは何もしない」

 迎えの者がきてから、小声でそう言いあって部屋を出る。
 セイネリアが今回つけている兜は顔の上部、鼻までを覆っているから目だけを動かす程度ならあちこちを見ていても問題ない筈だった。

 謁見の間に続く廊下は長く、けれど不自然に途中途中の壁にドアが見える。
 多数の魔法が仕掛けられている城の中はセイネリアにはあちこち魔力の靄が掛かったように見えていて、その靄が濃くなっている箇所に何らかの魔法が仕掛けられていると思われた。ただ幸い、セイネリア達が案内されている道順には今のところ転送等の魔法は設置されてはいないようでそれだけは良かったと言える。設置魔法はどうやってもセイネリアに効果がないから、自動転送が途中にあったら一人だけその場に置き去りにされただろう。
 勿論、歩いている床に仕掛けがないだけで、壁や天井には設置された魔法がいくつも見えた。不自然に見えるドア達も本来は魔法に隠されていて見えるものではないのだろう。

 無事何事もなく謁見の間につけば、ただの護衛であるセイネリアは当然入口から少し入ったところで主を待つ事になった。

「ナスロウ家当主、アウムゼッド・ザラッツ・ウィス・ナスロウ、只今参りました」

 名を呼ばれた後、そう宣言してザラッツが王座の近くまで歩いていく。
 周囲にいる貴族達の顔を見れば割合和やかで、少なくとも彼に対して好意的に思っている者の方が多いようだった。騎士団であればナスロウの名だけで馬鹿上官どもは不快そうにしていたが、宮廷貴族間ではナスロウの名に悪いイメージはないらしい。

――あのジジイも、貴族の礼儀とやらには相当気を使っていたんだろうな。

 養父のため、誰にも文句の付けようがない立派なナスロウ家の当主であろうとして、あの爺さんなら相当に努力したのは予想出来る。ただ貴族達に合わせている間、当人は相当のストレスだったろうとは思う。貴族共と嫌々付き合っていたからこそ、貴族女をどれだけ紹介されても妻にする気にはなれなかったのだろう。

 セイネリアも宮廷貴族の顔は分からない方が多く、今は気になった顔を覚えておく程度しか出来ない。あとでザラッツに聞いて分かる者だけ名前を教えてもらおうと言う事で、貴族達のチェックはもういいかと切り上げた。
 そうしてやっと王座へと視線を移せば、一応王の顔を確認する事は出来た。セイネリアの位置からではかなり遠いが、ここは森生活のおかげで遠目がかなり利くようになったお陰である。

 ザラッツに向けて王を実際見てみたいと言ったのは、彼がナスロウ卿になったあの件の顛末の付け方から、王はかなり頭がいい、もしくは出来る部下がいるのだろうと思ったからだ。
 国王と今後関わりを持つ事などあると思ってはいなかったが、この国のトップがどれくらいの人間なのかは確認したかった。一応国の式典等で王が民衆前に出てくる事はあるが、さすがに一般人が見れる場所からは顔が遠すぎてセイネリアでも表情の確認までは難しい。それ以前に、王を出来るだけ近くで見ようなんて人ゴミの中に入っていく気もなかったが。
 それに比べれば、例えこの謁見の間の端から端まで離れていてさえ十分近い。
 セイネリアが見たいのは、他の人間が話している時の王の表情や態度。育ちのいい人間というのは感情をうまく隠せないから、その辺りを観察出来れば大体の能力は分かる。ついでに王の視線を見ていれば、ここにいる人間の重要度も大体予想出来る。

「――以上です。今後は責任をもって陛下から賜った地を守っていく所存です」

 最後の報告が終わって、ザラッツはまた頭を下げる。

「うむ、かの地にてお前が存分にその能力を発揮してくれることを望む」

 王の言葉を待ってから、ザラッツは立ち上がった。これでとりあえず彼の報告は終わりだ。彼は再び礼をすると後ろへ下がりセイネリアの前に来てから役人らしき男に連れられて貴族達の列へと向かった。セイネリアはその彼について行って、ザラッツが立ち止まった後で待機した。

 その後も他の報告が終わるまではザラッツも大人しく他の貴族達に倣っていたが、王が去って解散後は、声をヘタに掛けられる前にさっさと城を出た。

「貴族達の交流会には出て来なくて良かったのか?」

 馬車に戻った途端、兜を取ったセイネリアが笑って聞いてやれば、ザラッツは心底疲れた顔をしてこちらを嫌そうに見てきた。

「これ以上あんなところにいられませんよ。それに宮廷貴族というのは……私が一番苦手なタイプの方ばかりですから」
「ま、お前の場合、どうしても奴らの相手をしないとならない場合はディエナを連れていけばいいさ。少なくとも貴族相手なら彼女の方が要領もいいし度胸がある」
「確かに……そこはディエナには勝てません」

 はぁ、とため息をついて言ったザラッツの言葉を聞いて、セイネリアは喉を鳴らして笑ってやった。すぐにザラッツがじとりとこちらを見てくる。

「……なんですか?」
「いや、ちゃんと様付けしなくなってるなと思っただけだ」

 それで彼は気まずそうに視線を泳がせて顔を赤くした。彼等が上手くやっているのは間違いなさそうだ。彼等の心配などする気はないが、自分が押し付けた分多少の責任は感じてはいた。

「様付けなんて、ディエナ本人に怒られなかったのか?」
「えぇ、実は……怒られていました」

 やはりな、と笑いながら汗で張り付いた前髪を散らして、ついでにセイネリアは今朝切り落とした箇所を指で探してみた。そうすれば確かに周囲より明らかに短い箇所が見つかったから、セイネリアは安堵して指を離した。




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