黒 の 主 〜真実の章〜





  【17】



 夢の中の騎士の時間は飛ぶような早さで過ぎていく。
 たった一晩で数日、時には数カ月の体験をさせられるのはザラで、おかげでセイネリアは現実でも一気に数日経った気になる事も多かった。

 とはいえ、騎士の物語も終着点は見えている。
 騎士が病にかかって王から離れた後、王は耐えられなくなってギネルセラを裏切る。そこで騎士の人生も終わる。それは決まっている結末だ。

 ただこうして騎士の実体験を知って少し意外だったのは、王が戦争で悉く勝利を収めていったのが剣の力のせいというより、魔法が使えなくなくなった世界での戦い方の準備が出来ていたからと言った方が良い事だった。
 どうやらギネルセラが黒の剣を使って直接敵を薙ぎ払ったのは一度きりらしい。勿論その破壊力の凄まじさが決定的過ぎて敵が全面降伏となったのだから、剣の力で大陸統一を成し遂げたと言っても間違いではないが。

――思ったよりもギネルセラはマトモな人間だった訳だ。

 最初に真相を知った時は、自己顕示欲の塊のような男のイメージだったのだが。黒の剣を作りあげた目的は世界の魔法を消す事が主で、その魔法を独占して『使う』事は彼としてはさほど重要ではなかったようだ。ただ恩のある王のために使うくらいで、自分の私欲で使う事は一切なかったらしい。
 少なくとも騎士に見えているギネルセラは、大魔法使いと呼ばれる身になった事だけで満足し、剣の力を王のためだけに使っていた。

――なら騎士は最初から分かっていた筈だ、ギネルセラは裏切ろうとなどしていないと。

 だが騎士は王のために剣の中に入る事を決めた。もう騎士として王の傍に立てない自分が、それでもまた王に仕える事が出来るとその喜びに目が眩んで、ギネルセラが無実である可能性に目をつぶったというところか。……いや、使えない肉体を捨てて王に仕えたかったから、ギネルセラが無実かそうでないかなど騎士にとってはどうでもよかったのかもしれない。
 結局、騎士にとっては王への忠誠の方がギネルセラとは比べようもなく大事だっただけかと結論はそれしか出ない。

――だがそれだけの忠誠心とやらを、最後の最後に捨てる訳だ。

 最終的には騎士が選んだのはギネルセラだった。
 考えながら、このところ毎日となった重い気分のまま起き上がる。そのまま軽く首と肩の筋肉を解し、今日は公の場に出るから身支度はしっかり整えないとと自然に顎を手で擦った。

 そこでふと、考える。

 ここ数日、自分は顔を剃っていなかった筈だ、と。その割に手に感じる髭の感触は殆どなかった。
 貴族様でもない限り、特に冒険者などやっている連中は基本外見の事に無頓着で無精髭も気にしないようなのが殆どだ。ただセイネリアの場合は上の人間との交渉や、娼館へ行く事が多かったのもあっていつも出来るだけ外見は整えていた。娼館育ちや、貴族の下に飼われていた期間が長かったというのも理由だが、だから普段から髭を剃る習慣があった。
 ただここ数日は朝起きると夢見が悪すぎて、どうにもそんな気分になれなかった。
 どうせ会うのは分かっている人間ばかりだから気にする必要もない。そう考えて朝起きても自分の顔を見る気にもなれなかった。
 元からそこまで濃い方ではないから、数日放置した程度ではそこまで酷くはならないとはいえ――考えながら、セイネリアはベッドから起き上がると鏡を見に行った。
 やはり、見てもそこまで伸びては見えない。
 というか『いつもと同じくらい』に見える。

――まさか、な。

 セイネリアは髪に手を伸ばしてみた。一々切り揃えるのも面倒だし、何かに使える時があるかもしれないから基本髪は伸ばしっぱなしである。後ろに縛って放置しているだけだから、髪が伸びているかどうかの判別は難しかった。
 だから思い立って、セイネリアは前髪の一部をつまむとナイフで切り落とした。触れば一部が短くなっているのがすぐ分かるから、後で確認に困る事はない筈だった。




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