黒 の 主 〜真実の章〜





  【11】



 ギネルセラ、と名乗った男は見ただけであまり地位の高くない……下層の暮らしをしている人間に思えた。おまけに目だけはやたらとギラギラしていて、強い憎悪や執念のようなモノを感じられた。だから騎士にとって最初はただの不審者、そして危険人物としか思えなかった。

『お前がどう見えるか分かるか? どう見ても怪しい人間だ、それを我が王に会わせられる訳がない』

 それで兵達に言って追い返そうとしたところで、その男は怒鳴った。

『俺はあんたと逆だ、生まれつき魔力があり過ぎたせいで魔法が自由に使えなかった。それでずっと馬鹿にされ続けてきた。そんな世界を俺は変える、そのための方法がある。あんたみたいな人間を認める王なら新しい世界の王にふさわしいとそう思ってここへ来たんだっ』

 去ろうとしていた騎士はその言葉に振り返った。
 兵達も迷うようにこちらを見ていた。騎士の下で働くこの兵達の中には、なんらかの理由で魔法を使う事が不自由だった者達が多かった。彼等にとっても確かにこの男の言う言葉は響いたに違いない。
 そうして改めてギネルセラという男の顔をよく見た騎士は、そのギラついた瞳がかつて魔法を使えないと馬鹿にされ、体を鍛える事で彼等を見返してやろうとした自分の瞳と同じ事に気が付いた。

『我が王に危害を加えないと誓うか? 誓えるなら会うだけは会わせてやる。その代わり、少しでもおかしいマネをしたら俺が即お前の首を斬り落とす。俺の剣は魔法より速い』

 脅しをかけてそう言えば、ギネルセラは笑って頭を地面に擦り付けた。

『分かった、誓う。だからあんたの王に会わせてくれ』

 そうして騎士は、ギネルセラを王の前に連れて行く事にした。






 このところ朝起きるとまず顔を顰めるのがセイネリアの日課となった。
 なにせあの黒い剣を手に入れてから毎朝気分は最悪だ。体調は悪くない、むしろ好調過ぎると言えるくらいなのだが、夢見のせいで気分的には朝からムカつくのが日常となった。

 何か急ぎの用事があったり仕事中とかではない限り、セイネリアは朝起きてすぐに軽い鍛錬を行う。仕事中は出来ない事もあるがこれはナスロウ卿の従者をしていた時から一応続いている習慣だった。いくら鍛えていると言っても、人間の体というのは怠けるとすぐに筋力が落ちる。継続して体に一定の負荷を掛けておかないといざという時に自分が思った通りの動きが出来なくなっているものだ。
 そうして外へ出れば、待っていたらしい男がさっと傍にやってくる。

「早いじゃないか」

 赤い髪に赤い目なんて派手な見た目の割に無口で不愛想な男は、その場で恭しく頭を下げるだけで返事はしてこない。そういう男だと分かっているからセイネリアはまったく気にはしていないが。
 ワラントの館に住むようになってから、クリムゾンはセイネリアの朝の鍛錬に毎回付き合うようになった。わざわざこちらに合わせているのかもしれないが、彼の腕からして朝の鍛錬くらいは元からやっていてもおかしくない。彼相手は用事がない限り声を掛ける必要もないから特に気に掛ける事もなく、互いに勝手に鍛錬のためのメニューをこなす、それだけだ。
 ただその日は少し時間があったのもあって、セイネリアはいつも通りの鍛錬が終わってから彼に言ってみた。

「今日は時間がある、少し付き合わないか?」

 すると不愛想な男は不愛想なりに少し嬉しそうに答えた。

「勿論です、お願いいたします」

 部下になる、と言ってきた通り最近ではこちらに対する口調をまったく変えた男は、そこでまた恭しくこちらに頭を下げた。

「得物は何でもいいぞ……と言ってもすぐ用意は出来ないか」

 彼と手合わせするなら変わった武器を使ってくれた方が面白いと思ったが、今は手持ちの武器でやるしかないだろう。それは少々残念ではあるが、彼の腕なら楽しめる筈だった。日課の鍛錬だけなら筋力の維持にしかならないが、人相手の勝負では何かしらプラスアルファされるものがある。次は先に言っておいたほうがいいなとセイネリアは思った。

 朝の鍛錬にクリムゾンが持ってくるのは基本はいつも背に掛けている両手片手の両用剣だ。柄の長い片手剣、もしくは剣身の短い両手剣と言ったところで冒険者で剣使用の者は大抵これを使っている。
 ちなみにセイネリアが使っているような長剣(ロングソード)は素人には重いし、狭い箇所で使い難いと扱いにくい武器である上、防御面を考えれば全身甲冑が欲しいシロモノであるから正統な騎士になる訓練を受けた者くらいしか基本的には使わない。

 ただ当然の事として、いくら雑魚が使っている事が多い剣だからと言ってもクリムゾンの腕で使っているのなら相当に使いこんでいるのは間違いない。長剣に比べて剣が軽い分、まともに打ち合うのは難しいがその分小回りが利く、自分相手にどう立ち回ってくれるのかは楽しみだった。




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