黒 の 主 〜真実の章〜





  【9】



 春までには完成する予定になっていた鎧だが、樹海の仕事が入ったのは仕事はじめとしては少し早い時期だったのもあって間に合わないのは最初から分かっていた。だからセイネリアとしてはケンナに帰ってから出来たかどうかを問い合わせるつもりだったのだが、仕事自体にそれなりに日数が掛かった上にその後も傭兵団関連でいろいろ忙しくなって思った以上に遅れてしまった。
 もしかしたらそれで向うが少しヘソを曲げたのもあるかもしれない。
 問い合わせの返事は『出来たといえば出来た。とりあえず一度合わせにこい』というモノだから、セイネリアも一応鎧を取りに来たつもりはあったが持って帰れないだろうとも思っていた。なにせ彼は鍛冶屋としては拘りがあり過ぎる。だから店に入った途端彼が言った言葉にも驚きはしなかった。

「ったくやっと来やがったか。まずは一度合わせるぞ、それによっちゃ今日は渡さねぇからな!」

 セイネリアは返事よりも呆れたように軽く肩を竦めたが、着る為にさっさと今の装備を外していく。無言でクリムゾンがそれを手伝う。そうすれば奥からケンナが台に乗せて鎧一式を持ってきた。黒一色の甲冑は当然セイネリアのために作ったものだろう。

「おし、さっさとつけるぞ」

 少しでも時間が惜しいというようにケンナはセイネリアとクリムゾンに足の装備を投げて寄こし、自分は腕の装備を持ってやってくる。着ける段になれば相変わらず体のあちこちを触ってはぶつぶつ呟いていたが、その内容からして直したい箇所が多いらしいとセイネリアは今日持って帰る事を早々に諦めた。どうせ傭兵団のごたごたでもう暫くは仕事を取る余裕もない、だから最初から少しでもケンナがまだ手を入れたいところがあるなら受け取りは後日でいいと言うつもりだった。

――まぁ、これでも十分だとは思うが。

 ケンナは文句を言っているが、着けて行けば今までのどの装備より体にきっちり合っている感覚がある。騎士団の競技会ではナスロウ卿からの鎧を首都の鍛冶屋に直してもらって着ていたが、あれとは比べモノにならないくらいの装着感と動き易さだ。

 すべてを着け終わると、ケンナは少し離れてじっとこちらを睨んだ。
 セイネリアは腕や足を動かしてその感覚を確かめる。本当に今までない程の動き易さで、ケンナの腕の良さを改めて再確認する事になった。

「さすがだな、頼んだ通りだ」

 セイネリアが呟けば、ケンナは怒ったように怒鳴ってきた。

「あたり前だ、第一に動き易さ、第二はごてごてしすぎない程度で脅しが利く見た目なんてふざけた注文しやがって」
「その分重さと防御性能が多少犠牲になって構わないと言ったじゃないか」
「重さは分かるとしてなんだその防御性能が犠牲になっていいってのはっ。鎧としちゃそこが一番重要だろうがよ」
「俺が攻撃を受けなければいいだけの話だ」
「ったく、どこまで自信家なんだてめぇは」

 一見怒っているようにしか見えないケンナだが、話している内にその口元は笑みに歪んでいく。セイネリアも鏡を見ながら満足そうに答える。

「動き易さも勿論だが、確かに脅しも利きそうだ。いい感じじゃないか」
「だろ、敵には死神にしかみえねぇだろうよ。まぁ雑魚は逃げ出すわな」

 カカっとそれで笑うケンナの顔も満足そうで、セイネリアは改めて全身の動きを確認する。動き易さを一番重視しただけあって確かにパーツを細かく分けている分防御性能が犠牲になっているのは分かる。とはいえケンナの事だからそれでもしっかり作ってあって決して『やわ』な作りはしていない。重さも思ったより軽いくらいだし、想像以上のデキだと言える。

「ただまぁ、実際着せてみるとバランス的に直したいとこもあるし、人間の体なんてのは暫くぶりに見ればいろいろ変わってるトコがある。ここから最終調整が必要だ」
「それだがな、ケンナ。二つ程提案がある」

 ケンナが顔を顰めてこちらを見てくる。セイネリアにとってはある意味ここからが今回の本題だ。

「俺は今傭兵団を作ろうとしてるとこでな、そちらの手続きやらでいろいろ忙しいから次の仕事を受けるのは少し先になると思う」
「んじゃ、まだ手を入れるだけの時間はあるって事か?」
「あぁ、だからまだあんたが気に入らないところがあるなら手を入れてくれていい、これが一つ目の提案だ」

 ケンナがそれに嬉しそうな顔をしたから、これはもう決定でいいだろう。だが次の提案は揉めるのが前提だ。

「で、二つ目だがな、あんた店を首都に移さないか?」
「はぁ?」

 思った通り、鍛冶屋の男は思いきり顔を顰めた。




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