黒 の 主 〜真実の章〜 【8】 傭兵団を作る手続きはエルに丸投げはしたが、団の拠点や他の傭兵団への根回し的なものはセイネリアの方で動いていた。ワラントの跡を継ぐ段階で他の組織の連中にきっちり挨拶を済ませておいたのがここで利いて、こちらに貸しを作っておきたい別組織からの情報でとりあえず指定地区に十分な場所は確保できそうだった。 交渉はセイネリアがやったが、細かい手続きだけになればカリンに投げて、セイネリアはケンナのところへ鎧を取りに行く事にした。 取りに行くだけならクリムゾンが行ってくるとは言ってきたが、最後の調整があるからセイネリア自身がいかなければケンナから文句を言われるのは間違いない。それにケンナには別件の話もあったから今回はクリムゾンだけを連れて自分で行く事にした。ちなみに『黒の剣』はワラントの館に鍵を三重に掛けられる部屋を作ってそこに置いている。魔法的な鍵も掛けてあるからまず大丈夫な筈だが、何かあった時はすぐ連絡をするようカリンには言ってあった。使う分には魔槍と同じく呼べばくるから出し易さはまったく考慮する必要はない。 移動は、行きも帰りもケサランに頼んだ。 魔法ギルド的にこちらに貸しが作れるなら喜んで受けると思ったのもあるが、セイネリアとしてもケサランとは一度話しておきたかった。 「まったく、とんでもない事になったものだな。お前がこちらに大きな変化をもたらすという予知が……まさかあの剣の主になる事だったとはな。そんなこと、誰も予想なんて出来る訳ない」 待ち合わせ場所に現れた魔法使いは、最初から不機嫌そうな顔をしてそう言ってきた。セイネリアが手を上げて応えると、彼は更に顔を顰めてこちらをじっと見てから、一言。 「……まぁ、パっと見変わりはないようだな」 言いながら溜息を吐いた。 「確かに多少変わった部分はあるが、道具はあくまで道具だ、俺が変わる訳じゃない」 言えばケサランは視線を逸らして苦々し気に言う。 「そうならいいんだが……」 「何か知っているのか?」 「確定してる事は何も知らんさ。……いろいろ不安要素はあるが」 「例えば?」 聞き返せば、魔法使いはちらとこちらを見てから顔を左右に振る。 「確定してない事はいわん。ただ、お前に何が起こるかはまだ分からない、自分で自分の微妙な変化に気を付けておいたほうがいい」 やはり彼は魔法使いとしては考え方が少し違って人間味があり過ぎる。これだけの付き合いともなれば、彼が不機嫌そうにしているのはこちらを心配しているからだというのはセイネリアも分かっていた。 「言われなくても気をつけてるさ」 だからわざと軽口でそう返せば、ケサランはこちらを睨みつけて言ってくる。 「だろうな、だが……本当に何が起こるか分からないからな。お前にとって、いい事なのか悪い事なのかもわからない。だからっ……何か確認したい事があれば前以上気楽に呼び出してもいいからな。ギルドからお前の要求は基本受けておけと言われてる、優先順位も高いからな、文句は言われんだろよ」 魔法ギルド側のそれは想定内だ。向こうはセイネリアに貸しを作りたがっている。ケサランはそれを分かっていても何か不安要素を知っていて気に入らない、というところだろう。彼は魔法使いとしては人間味があり過ぎるというのは分かっているが、それでもギルド内でそれなりの位置にいるだけあってギルドに禁止されている話は出来ない。 魔法ギルドと、ギネルセラの記憶を持つセイネリアでは『知っている事実』に違いがある。 世界に魔法が溢れていた頃の話については、魔法ギルド側がきちんと記録として残しているのなら知っている事自体はほぼ同じようなものだろう。だが魔法ギルド側は黒の剣が作られた時の本当の事情を知らない。けれど彼等にはそれ以降から今まで積み重ねた知識がある。殆どの者が魔法を使えなくなってからの迫害の歴史、彼らの調査、研究、その結果を持っている。三十月信教はまさに彼等の研究の成果だと言っていいだろう。 だから黒の剣に関しても、外から見た調査や魔法に関する後に分かった研究の成果から、魔法ギルド側である程度の起こりえる事態をいくつか予想していると思われる。それはまだただの予想に過ぎないからこちらには言えないというのがケサランの言うところの不安要素という訳だ。 「何か気付いた事があったらあんたに言う。だからあんたの『不安要素』がそれに当てはまっていた場合は教えろ」 今はただの予想であるから言えないとしても、それを裏付けられる要因となりそうな何かがあったら向こうも話していい筈だ。ケサランはそれに、分かった、と言ってセイネリアと約束した。 --------------------------------------------- |