黒 の 主 〜運命の章〜





  【74】



「当然ですが、この事は……」

 青い顔で冷や汗を拭いながら言ってくる魔法使いに、セイネリアは軽口で即答してやる。

「あぁ、言わないさ、分かっている」

 魔法使いは嫌いだが、別に魔法使い達が嫌われるべきだとか迫害されるべきだとはセイネリアは思っていない。彼等が自分達の居場所を作るために神様をでっちあげたのだって、元から無神論者のセイネリアからしてみればどうでもいい話だ。

「神を作り上げる罪は分かっていますが、我々が平和的に人々に受け入れてもらう為に必要な事だったのです」
「提案したのはアルスロッツか?」
「……そうです、頭のいい人物だったと伝えられています」

 建国王アルスロッツは魔法使いと手を組む時、魔法使いが一般人と同じように過ごせる国を作ると約束した。それでアルスロッツはいろいろ考えたのだろうが、おそらくこれが一番のその核ともいえる策だったのだろう。

「俺は別にこの件でお前達を非難する気はないぞ。むしろ感心したくらいだ、上手い事を考えたものだとな。信徒になった連中に魔女の信者のような危険がなく、単に信徒同士で魔力を与え合って魔法を使えるようにするだけなら誰も損はしない。魔法ギルドも一般人側も互いに得する事なら神様が偽物なんてのは些細な事だ。そもそも宗教なんてものは所詮どれも誰かの創作だろうしな」
「三十月信教のシステムには魔女とのような危険がないのは保障します」
「ならいい」

 それでもまだ不安そうにこちらの様子を伺っている相手に、少しは安心させてやるかとセイネリアは思う。こちらも聞きたい事は聞いたし、そろそろ話しを終わりにしたいところだ。

「いいか、俺は現在のクリュースという国の仕組みを壊そうとは思っていない。この国の冒険者制度や魔法が普通に使える生活というのは気に入っている。だから、俺が剣から知った知識で、公になったら国の基盤が揺らぐような内容は秘密のままにすると約束してやる」

 そこで魔法使いは明らかに表情に安堵を浮かべた。彼等にとって最低限、それだけはセイネリアに約束させなければならない事だった筈だ。なにせ魔法使い達にとって、他の連中は約束を破ったら強制的に拘束なり記憶処理なりが可能だが、セイネリアに対しては止める手段が何もないのだから約束してもらうしかない。

「とりあえず、お前達が一番に望んでいるのは『一般人との共存』というのが嘘ではないというのも分かった。だからそのために協力しろというのも条件や交渉次第では受けてもいい」

 今度は明らかに向うの表情が明るくなる。けれど、あまり喜んで貰い過ぎるのもセイネリアとしては困る。

「だがお前達と完全に手を組む事も、支配者に祭り上げられる事も断る。改めて言うが俺はこの剣の力に頼って何かをする気はない」

 ここまで言えば、魔法使いは引き下がるしかなくなる。彼等としても最低限の約束はとりつけた訳で、これ以上食い下がれば成果がマイナスになる可能性の方が高いと判断するだろう。

「分かりました。貴方と我々の関係はあくまで今まで通り、という事ですね」
「……そうだな、そういうつもりでいてくれればいい」

 話はそれで終わった。
 一応その後に魔法使いの能力について数点確認したことはあったが、それらはついでに聞いておいた程度である。この剣の扱いについての注意はいくつか聞いたが、使い方や能力については彼らも不明な部分が多いから聞いても仕方ない。結局は実際使って調整してみるしかないだろうとセイネリアは思っていた。

 ただ、最後に魔法使いが言ってきた。

「本当に、まさか黒の剣を使える者が現れるとは思いませんでした。それを持って正気でいられる者がいるとは……あり得ないと思っていました」

 何故セイネリアがこの剣を持てたのか、この剣に選ばれたのか――それをセイネリアは教える気はなかった。向こうもそれを聞いてこないのはこちらが言う気がないのを分かっているからだろう。

「そういえば、お前達はこれを『黒の剣』と呼んでいるんだな」
「はい、特に誰かが名前をつけた訳ではありませんから、いつの間にかそう呼んでいただけです」

 刀身から柄、鞘にいたるまで、何から何まで全てが黒い剣。自分が持つのに似合い過ぎて、まるで自分の手に渡る事が決まっていたかのようでもある……まったくもって気に入らない。

「成程、見たままの名前だな」

 呟けば、魔法使いは更に言ってくる。

「魔法には種類によって色があるのです。すべての魔法がとてつもない濃度でその剣に凝縮されたから黒く染まった、と伝えられています。黒はすべての色が混ざり合った最後にある色ですから」

 セイネリアは魔法使いに背を向けて手を上げた。
 もう聞くべき話はなかった。




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