黒 の 主 〜運命の章〜





  【73】



 魔法使いはすぐには何も言えなかった。驚いたように目を見開いて口を開けた間抜けな顔でただ固まる。だが暫くすれば諦めたように口元に苦い笑みを浮かべて深い息を吐き出す。この反応はどう見ても確定だろう、セイネリアは冷静に言葉を続けた。

「魔法を使えない者にとって魔法という特殊能力を持つ者はそれだけで脅威だ。弱い種族が優れた力を持つ少数種族を滅ぼそうとするのは生物として当たり前の行動でもある。そうしないと自分達が滅ぼされるか奴隷にされるからだ」

 その気になったらいつでも自分達を殺すも奴隷にするも思いのままの能力を持つ相手に対して、心から信用して安心出来る人間なんて殆どいない。特に権力者は――王がギネルセラを疑ったように、配下にしたとしても完全に信用出来はしない。自分に逆らえないようにする決定的な手段がない限り、心の平穏のためには強力過ぎる駒はいずれ殺すしかなくなる。『魔法』を使えない者は『魔法』を使える者がいなくなるまで安心できない。

「だが、魔法という特殊能力が誰でも使えるものであるなら話は別だ、皆が使えるものを恐れる必要はない。そもそも迫害する必要がなくなる。だからお前達は本来魔法を使えない者でも魔法を使えるようにするため三十月信教を作った……違うか?」

 勿論これは状況だけを見たただの思いつきなどではない。一般人が魔法を使う方法に関してもセイネリアに心当たりはあった。魔女と信者の関係だ。
 魔女は信者達と刺青の印で繋がり、その生命力を魔力として吸う事が出来る。つまり魔力は別の者と繋げて移動出来るという事で、しかも刺青と言えばアッテラ信徒やアルワナ信徒の印として有名だ。三十月信教の他の神殿でも何かしら皆、信徒の印を持っている辺り、状況的に条件が合い過ぎている。
 更には魔女の信者となれば魔女の使う魔法を多少使えるようになれる、と確かに前、セイネリアはフロスから聞いていた。そこから考えれば予想がつく、おそらく魔女と信者のシステムは三十月信教と根本は同じなのだと。
 目の前の魔法使いはそこで深いため息をつくと、観念したような顔をして話し出した。

「……そうです。我々はずっと魔法使いと一般人との共存のため、さまざまな研究を重ねてきました。その中で一般人も魔法を使えるようになる方法を見つけたのです。基本的に魔法が使えない人間は自分の中にある魔力が低すぎて魔法としての効果を出せるところまで行きません。……ですが一人分の魔力ではなく、複数人分の魔力があれば魔法は使える」
「成程、つまり複数の人間の魔力を繋げて魔法を使えるようにする訳か」
「えぇ、そうです」

 やはり、仕組み自体は魔女が自分の信者から生命力を吸い上げていたものと同じではあるのだろう。魔女と信者が魔力を繋げられるなら、信者同士で魔力を繋げる手段もあっておかしくない。

「確かに、宗教は最適だな。信徒同士の魔力を繋げて、術を使う時はその者に信徒の環の中から足りない分の魔力が供給される、という訳だ」
「その……通りです。それに当時の人間にとって『魔法』と言えば抵抗があっても、神から与えられた奇跡の技、と言えば受け入れて貰いやすかったというのもあります」

 そうして皆、やがて魔法自体に慣れる。誰もが三十月信教のどれかの信徒になれば魔法を使える――それなら魔法自体を危険視する必要はないし、そもそも魔法を使える者が多数派になる。そこまでくれば、アルスロッツが魔法使い達に直接人を殺すような攻撃魔法を使わせなかったのがより意味を持つ。現在の認識通り『決められた術しか使えない神殿魔法と違って自分達で魔法を作りだして使えるように研究しているだけの人』、魔法使いの認識はその程度となる。彼等があまり一般人と関わらないようにして詳しい事を皆知らないのも大きいだろう。

 確かに良く出来ている――考えてセイネリアは笑った。

「仕組み自体が魔女と同じなら、信徒が多ければ多い程信徒一人の負担が減る上に信徒達が魔法を使う時に魔力が安定供給される。だから各神殿は無料(タダ)の学校を作ってまで信徒集めをしている訳だ」

 魔女の場合、下僕となる信者が多ければ一人当たりの負担が減って、信者たちには魔女と繋がっているだけなら一応大したデメリットはないらしい。勿論、魔女がその気になれば信者から一気に生命を吸い上げて殺す事も出来るからどれだけメリットがあってもただの家畜契約に違いはないが。

「えぇ、仕組みは同じです。ただ魔女と繋がって魔女に力を集めるのではなく、魔力を繋げて供給するだけの機能しかない各神殿にある魔石に繋げているのです」

 だから三十月信教の信徒は、神殿によって刺青やアイテム等の違いはあっても何かしら信徒の印が必要になる訳だ。
 ただそこまで聞けば更に予想出来る事がある。

「あぁなら……その魔石とやらは『杖』と同じ役目もあるんじゃないか? 魔法使いの『杖』というのは魔法陣と呪文を込めておいてキーワードで発動させるためのものなんだろ?」

 それには相手は驚いたというよりも表情を強張らせてまるでこちらを疑うような顔で見てくる。

「はい……それは……確かに、その通りです。神殿別にある魔石には杖のように魔法陣と呪文が封じ込めてあります」

 魔法使いは自分で術のための魔法陣と呪文を考えだし、それを自分の杖に仕込んでおく。神殿魔法の場合は神殿内の魔石に予め魔法陣と呪文をが仕込まれている。だから個人個人で杖を持っている魔法使いと違って、神官や信徒達は魔石と繋がるための印だけがあればいい。込められた魔法陣と呪文に設定されている言葉(キーワード)で術を発動させるというのはどちらも同じだ。当然繋がってる魔石によって込められた術が違うから使える術が違う、つまり信徒になっている神殿によって使える術が違う。
 考えれば考える程よくできていると感心すると同時に、この三十月信教についての事実が一番魔法ギルドとしては一般人に教えてはならない秘密なのだろうと思う。




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