黒 の 主 〜運命の章〜





  【72】



「それではそろそろ本題に入っていいでしょうか」

 セイネリアが黙っていたからか、目の前の男が伺うようにそう聞いてきた。セイネリアが顔を上げて相手を見た事で向こうは了承と取ったらしい。

「まずは貴方が黒の剣から何を知ったか、それを確認したいのですが」
「かつて世界は魔法にあふれていた、という話だな」
「……そうです」

 分かってはいただろうが、向こうの顔付きが険しくなる。セイネリアは棒読み口調で言葉を続ける。

「かつて世界には魔法が溢れていて誰でも魔法が使えた。その中でギネルセアは自らの魔力が強すぎたせいで日常的に魔法を使えなかった。だからある王に取り入ってこの剣を作った。そのせいで世界に溢れるようにあった魔法はなくなった。すべてこの剣の中に取り込まれたからだ。そうして一般人は魔法を使えなくなった――という話だな」

 とりあえず、この剣と契約したことで当然知っただろうと向こうも分かっている事は大人しく教えてやる。

「そうです。では、その剣の中に誰が入っているかは?」
「勿論分かっている、その魔法使いギネルセア本人だ。王が無理矢理ギネルセアを封じ込めて、自力で剣の力を使えるようにしようとした。だが王に裏切られたギネルセアが王に従う筈もなく、剣を持った王は暴走して自ら国を滅ぼした」

 ここまでは普通に話せばいい、問題はここからだった。

「その剣の中にいるもう一人の人物については?」
「もう一人?」

 聞き返してみれば、魔法使いは溜息をついた。

「王も考えたのですよ。ギネルセアを魔剣にただ入れただけでは自分に従いはしない。だから配下にいた忠臣である騎士を共に剣の中に封じ込めたのです。王の思惑通りいけば、その騎士の魂がギネルセアを抑えて王が剣の主になれる筈だったのです」
「その思惑は失敗したんだろ、実際王は暴走したのだから」
「えぇ、そうなのでしょう。貴方も認識出来ていないようですからね、魔法使いギネルセラの意識が強すぎて飲まれたのだと言われています」

――まぁそんなところだろうな。

 魔法使いにとって騎士の魂はギネルセアに飲み込まれて消えてしまった、とそう伝えられているのだろう。セイネリアが確認したかったのはそこだった。そこが、セイネリアが知っている真実と魔法使い達の知識が違うところだ。
 確認出来たなら、その話はそれ以上話す必要はない。

「俺の中にある情報はあくまでギネルセラ側からみたものだ、だからそこで話は終わっている。だが予想するところだと……その後、魔法を使えなくなった大勢の者達は未だ魔法を使える一部の者に嫉妬し、その存在に危機感を持った。それで魔法使いが迫害されるようになった、というところか?」

 その辺りはそこまで考えなくても予想出来る流れだ。大多数の人間が魔法という超常の力を使えなくなったのなら使える者は脅威でしかない。

「そうです。ですから魔法が使える少ない人間は隠れて、同胞を保護しつつ魔法使いが一般人と共存できる道を模索したのです」
「それがそもそも魔法ギルドの成り立ちか」
「はい、その通りです」

 ならば――セイネリアはずっと疑問に思っていた事があった。

 建国王アルスロッツは魔法使いと手を組んだ事で敵を悉く打ち倒し、この国を作った。その際、戦場において魔法に対する恐怖を植え付けない為に、魔法使い達はあくまで補助魔法だけを使って兵士達を助けたという。その判断は確かに正しい、だがそれだけでは一般人が簡単に魔法使いを受け入れるところまではいかない。人は自分にない力を持つ者を恐れる。恩や情など恐怖の前には吹き飛ぶ。だから、クリュースの人々が魔法使いの存在を恐れない一番の理由は……三十月神教だ。

「俺はずっと思っていた。何故クリュースの国教である三十月神教だけは信徒となれば魔法が使えるのかと」

 魔法使いの表情が強張る、その反応だけでセイネリアは自分の予想が合っているのだと確信した。

「それはつまり――三十月信教はお前達が作った宗教だからじゃないか?」




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