黒 の 主 〜運命の章〜





  【69】



「ならよっ、その話を聞いたその部分だけ残してもらう事って事は……」

 エルは諦めない。魔法使いの男の表情はまったく変わらない。

「出来ません、貴方達がここへ来た時から、この時点までをすべて忘れて頂きます」

 言って男は片手を上げた。そうすれば後ろに控えていた他の魔法使い達が立ち上がって後ろにいる他の連中を見る。魔法使い連中はいいとしても、エルやクリムゾンが武器を構えた。彼等は抵抗するつもりなのだろう。魔法使いとエル達のにらみ合いで緊張が走る。

 そこでセイネリアはわざとゆっくり歩いてエル達の方へ行った。
 そうしてまるで魔法使い達から彼等を庇うようにその前に立ち、わざとマントをばさりと翻して魔法使い側を向いた。
 魔法使い達は動揺する。セイネリアに睨まれて、どうすればいいか分からずに代表の男の顔を見る。見られた男の方が、苦し気な表情でセイネリアに聞いてくる。

「……庇うという事ですか。貴方は、他人がどうなろうと気にするような方ではないと思っていましたが」

 ケサランならそうは思わなかったろうに。セイネリアという人間がどういう人物かと話でしか知らないからそういう結論になるのだろう。

「あぁ、確かにどうでもいい」

 セイネリアが基本的に他人などどうでもいいと思っているのは確かだ。だが助けられる『仲間』を助けないのは自分の主義ではない。

「ただな、お前達のやり方は気に入らない。だから、強引にでもお前達がこいつらの記憶を消すというなら、こっちについてやるかと思ってな」
「……我々は、貴方と敵対する気はない」

 それはそうだろう――セイネリアは笑ってみせる。

「だろうな、俺と敵対しても、お前達にいい事なぞ一つもない」

 それから見せつけるように鞘に入ったままの黒い剣を肩に置き、トン、トン、とそれで軽く肩を叩いて見せた。

「一般人に、我々の秘密を知られる訳にはいかないのです」

 魔法使いの目はどうしてもこの剣を追ってしまう。この剣に対する執着が分かるその様子にセイネリアは侮蔑の目を向ける。

「秘密、といっても、あの場所が何なのかを正確にこいつらは分かっていない。剣に関しては俺が持っている段階で隠す意味がない。つまり、秘密といっても大した事は知らない訳だ。それにどうせ、あの場所の周辺の細工も全部やり直すんだろ。なら、こいつらが再びあの場所へ行こうとしても行けないし、誰かが頭を覗いたとしても同じだ。記憶消去までやる必要はないな」
「しかしっ……」

 一応は魔法ギルド側の立場も考えて妥協案を出してやる。彼等にとって安全策を取るなら記憶消去だろうが、今回エル達はそこまで魔法使いの秘密について取り返しがつかないレベルの事を知ってはいない。重要な情報を知っていても意味が分からないなら他言しなければいいだけだ。
 そうして、彼等に迷う余地を与えてから、決定せざる得ない一言を言い渡す。

「俺とは敵対する気はないんだろ? なら、諦めろ」

 それはわざと軽く、なんでもない事のように。

「失せろ。ヘタな小細工をすれば、いつでも俺はお前らの敵になってやる」

 あとはわざと剣を前に出して抜くふりをしてやればいい。
 思った通り、ざわついて逃げ腰になる魔法使い達を見て、代表の男は天を仰いで大きく息を吐き出した。

「……わかりました、あなた方にはもう何も致しません。あの場所の事を他言しないと、それだけを約束して頂ければ結構です」

 後ろでエルの安堵した声が聞こえる。クリムゾンが武器を収めた音が聞こえる。
 この剣の主がセイネリアである限り、魔法ギルドはセイネリアに敵対される訳にはいかない。それとこちらのメンバーに漏れた秘密の一部を秤に掛ければ、向うが引き下がるしかないというのは当然の結果だ。
 苦々しくもその決断を下した魔法使いは、それからじっとセイネリアを見て言ってくる。

「……ですが、貴方には少し話があります。その剣に関する事です、貴方にとっても有益な情報の筈」
「いいだろう、俺も聞きたい事がある」

 今までケサランから言われて、セイネリアがあえて聞かなかった事。知れば魔法使いと同じ側の人間にならなくてはならないと言われたからだが、この剣を手に入れた時点で聞かない理由はなくなった。なにせセイネリアは魔法使い達にとっては知られたら『そちら側』に行くしかないレベルの秘密を知ってしまった。そうなればもう、聞きたい事はすべて聞いても同じだろう。




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