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黒 の 主 〜運命の章〜 【６８】 魔法ギルドとしてはこの剣を持つセイネリアをどうしても自分達の側に引き入れたい。だがもしそれが叶わなかったとしても敵に回す事だけは避けねばならない。最悪でも取引くらいは出来る間柄を保っておかなければならない。この剣の力を知っているだけに、敵視される事だけは絶対あってはならない筈だとセイネリアは分かっている。 「……ならば、約束を。あの場所の事も、剣によって貴方が知った事も、他人には言わないと」 ――そんなところだろうな。 「まぁ、そのくらいがお前達の妥協点だろうな。いいさ、どうせべらべらと話す気などなかったからな、秘密は秘密のままにしといてやる」 つまり状況としては今までと同じに近い。交渉によっては協力する事もあり得るが、別に彼等の側についた訳ではないというところだ。向うはこちらを監視はするだろうがヘタに手を出さない――そこが前との違いで、セイネリアが何をしようと彼等は監視する以外の手を出せない、出しようがないのだ力差的に。 セイネリアの返事を聞いて、魔法使いは僅かに安堵の表情を浮かべたが、表情には苦々しさがにじみ出ていた。おそらくは、この剣の力を使って望みを果たせると喜び勇んでここへ来たのに望みは叶わず、交渉自体は失敗したのだから。 ――いつも通り承認者（ケサラン）に任せた方がもう少しマシな結果だったろうに。 いや、結果自体は同じか。ただし、彼なら少なくともセイネリアを不快にさせはしなかったろう。セイネリアは彼等側に付く約束はしなくても、もっと話はさっさと纏まったし、なによりここまで険悪な空気になる事はなかった。結果は同じでも、次に繋がるための関係がまったく違った筈だった。 本来なら、セイネリアとの交渉はケサランの担当の筈だ。だがこの剣の主になったという思ってもみない状況に舞い上がって、彼よりもずっと上の人間が出てきてしまったという状況なのだろう。 お偉い地位にいる奴は、より地位のある者が行く方が重要な仕事は成功すると勘違いする――これは馬鹿貴族共だけではなく魔法使いも同じようだ。 ともかく、セイネリアとしては交渉はここで終わりだった。こちらは気分を害したと相手に伝えるためにも冷たく言い放つ。 「なら、交渉は終わりだな。……目障りだ、さっさと失せろ」 それは強制するように圧を掛けて言ったが、さすがに魔法使いの親玉クラスの男はそれで簡単には逃げ出さなかった。 「貴方の事はそれで良くても、他の者達にはそれで済ます訳にはいきません」 だがそうくるのも予想通りだ。彼等と仕事をしたことで彼等のやり口も知っているセイネリアとしては、彼等がどうするつもりか分かっていた。 「ならどうする？」 だから分かった上で聞いた。 「見習いの二人については、魔法使いに格上げという事になるでしょう。元々実力は見習いとしてかなり高い者達ですし、秘密を知る立場としては仕方ない処置です。ですがそのほかの皆さんには……記憶操作をさせて頂きます」 それ自体には、そうだろうな程度しか思わない。あの魔女騒ぎの仕事を受けた時と同じだ、魔法ギルド側に都合が悪い事を知ってしまった者には記憶消去が彼等の手口だ。 「ほう、それはつまり、記憶を消すという事か」 まるで棒読みセリフのように言ったのは向こうを馬鹿にしているからだ。ただそれに気づかなかったらしく、相手はこちらを見て強い声で言ってくる。 「そうです。あの場所で起こった事に関して、すべての記憶を消去させて頂きます」 そこで唐突に声が上がった。 「冗談じゃねぇ、俺は今回、どうしても忘れる訳にいかねぇ事があるんだ」 セイネリアはちらとエルを見る。彼の顔にはいつもの軽さが少しもない。必死な形相で魔法使いに向けて訴えている。 「約束する、あの場所の事も、あそこで何があったかも、絶対言わないと誓ってやる。なんなら、何かの誓約魔法を使ってくれてもいい。だが記憶を消すのだけは勘弁してくれ、俺は今回、たった一人真実を知ってるやつから死に際に大切な話を聞いてるんだ、それを忘れる訳にはいかない。それは勿論、魔法使いのあんたらとは関係ない、俺の個人的な話だ、だから……」 魔法使いが他の連中の記憶消去をしようとするのは分かっていた。 セイネリアとしてはそのメリットもデメリットも理解しているから、言われた連中がどうしたいかによって動くつもりだった。 「駄目です。これはギルド内で決められた処置です。記憶に残っていれば、本人が黙っていたとしても読み取られる可能性があります。ならば消すしかありません。貴方達にとってもそれだけで完全に解放されるのですから、悪い話ではないと思いますが」 だから、エルの様子を見たセイネリアの取る行動は決まっていた。 --------------------------------------------- |