黒 の 主 〜運命の章〜 【67】 ――そうきたか。 セイネリアは冷たく相手を見下ろしたまま口元の笑みだけを深くする。当然それは機嫌がいい意味での笑みではない。 「貴方がその剣を使い、その地位を手に入れる為、我々は全面的に協力すると約束しましょう。ですからかわりに、貴方も我々に協力して頂きたいのです」 その言葉が終わると同時に、セイネリアは笑ってやった。あぁ本当に馬鹿らしい――それを提案しようと思うのも、それを自分が受けると思うのも、まったく救いようのない馬鹿だとしか思えない。だから軽く喉を揺らしながら、ハッキリ馬鹿にしていると分かる声で彼らに言ってやる。 「なんだお前達は、俺に征服者にでもなれというのか? それで、魔法使いの為の世界を作れとでも?」 相手は焦って更に低く頭を下げてきた。 「貴方に世を統べてもらいたいとは思っても、魔法使いの世界を欲しいという話ではありません。我々は現在、このクリュースという国での地位に十分に満足しています。我々が望むのは単にこのままである事だけです。ですが他国ではまだ、魔法使いというものは忌まわしい存在だとされているところが多い。貴方がその力に相応しい地位になれば、もっと多くの我々の同胞を救う事が出来ると、それを願っているだけです」 つまり彼等はこの剣の力を使って、あの愚かな王のようにこの大陸を統一でもしろと言いたいらしい。そうして全てをクリュースと同じにすれば魔法使いが迫害されなくなる、と。 確かに、今の言葉が真実だとすれば彼等の望みそれ自体は理解できるレベルのものだ。だがそれを実現するために、力を持つ者に頼ろうとするのが気に入らない。各国を取り込んで皆同じ国にしてしまえという考え方も気に入らない。 だからセイネリアが彼等に返した言葉は一言。 「ふざけるな」 頭を下げる男を見下ろし、侮蔑と、怒りを込めて言い放つ。 途端、ビクリと頭を下げたまま動けなくなった男に、セイネリアは出来るだけ冷たい声で言葉を重ねる。 「お前達にそんな野望があるというなら自分達でどうにかしろ。意地汚らしく長い生に執着するくらいなら、お前達の力全部を注ぎ込めば大抵の敵はどうにか出来るだろ」 「我々は……争いで世界をどうこうしたい訳ではありません」 とんだ笑い話だな――それには実際笑ってしまって、セイネリアはその琥珀の瞳をほそめた。 「それで、自分たちが表立たない分、俺に敵を打ち倒せというのか?」 争いで世界をどうこうしたい訳ではないと言ってセイネリアに剣で敵を倒せというなら、ただ単に自分の手を汚したくないと言っているのと同じではないか。 「その剣の力なら……最小限の犠牲で事は果たせる筈です。大きすぎる力なら、相手を傷つけなくても勝てる事を貴方は知っている筈でしょう?」 確かに力が圧倒的に上なら相手の被害を最小限にはしやすい。だが絶対そう出来る訳でもないし、そんな話以前に彼等はまず大きな勘違いをしている。 彼等の申し出が受け入れられるためには、セイネリアがそれを望んでいなければならない。敵を倒すのも、世を統べるのも、セイネリア本人が望んでいなければ彼等がいくら望んだところで実現しないただの世迷言だ。 「……まず、一つ前提を教えてやろう。俺はな、この剣を手に入れても、嬉しくもなんともない。却って厄介なものを手に入れたと忌々しく思っているくらいだ」 思った通り、相手の顔が強張る。 目を丸くして信じられないものを見るようにしてこちらを見てくる魔法使いの間抜け顔を鼻で笑って、セイネリアは口元に皮肉の笑みを浮かべて更に言う。 「だから、この剣を使う気はない。まぁ、あるからには使える時には使うだろうが、最初からこの剣の力をアテにして何かをする気はないし、出来れば極力使いたくない。剣というのはあくまで道具だ、道具は使うものであって使われるものではない。俺は、剣の為の木偶(デク)になる気はない」 強調するように一語一語、出来るだけゆっくり言い切れば、見る間に相手の顔が青くなっていく。冷や汗を流して、想定していなかった事態に表情をこわばらせる。 「……我々としては、ギルドの秘密は守らねばなりません。貴方が我等と協力関係にあるのなら問題はないのです、が……」 思う通りに動かないなら脅迫でもする気なのか――それが出来る訳などないと分かっているセイネリアはわざと笑顔で聞いてやる。 「それで、協力しないなら俺をどうする気だ?」 --------------------------------------------- |