黒 の 主 〜運命の章〜 【66】 ――まぁ、来るだろうな。 セイネリアは彼等を見て口元を歪ませた。 魔法ギルドはあの城の場所を知っている。そこで何が起きたのかも知っている上であの場所を隠している。であれば、魔法ギルドがあの場所を監視下に置いているのは当然だし、ヘタをすると樹海に入った時からずっと見張られていることさえあり得ると思っていた。奴らがまだこちらに気づいていなかったとしても、監視して様子見をしているだけにしても、これだけ派手に剣の力を使えば慌てて出てくるのは想定内だ。 更地に姿を現した魔法使いの集団の内、中心にいた数人――特に魔力が強い者達が、滑るようにこちらへと近づいてきた。どうせ自分に用があるのだろうと分かっているセイネリアは彼等に対して一歩前に出た。 「セイネリア・クロッセス殿ですね」 声を掛けてきたのは初老に見えるやたら大きな杖を持った男だった。勿論、魔力もこの中で一番強い。 「そうだ。お前達の用件はこの剣か」 男は恭しく頭を下げてみせた。それはこの剣の主である自分に対してだろう。だからセイネリアは鞘に入ったままの黒い剣を持ち上げてみせる。思った通り、男は食い入るような視線を剣に向けて来た。 「はい、その通りです。それ以外の用件もありますが」 魔法ギルド側の考えは単純だ。もしセイネリアがこの剣の主として本当に剣の力を使えるなら、魔法ギルドとしては何としても自分達の側について貰わなくてはならない。だからこそ彼等はこうしてセイネリアに対して下手に出ている。 なら、せいぜいその立場を利用してやるだけだ。 「お前達が来た、という事は、メルーはどうした?」 剣に気を取られていた男は、それではっと気づいたように視線をこちらに戻した。 「あやつは拘束しました。違反者ですので」 その答えは予想通りではあった……が、口元に侮蔑のうすら笑いを浮かべた男の顔に、セイネリアは不快そうに眉を寄せた。 「つまり、俺達が行ってきたあの場所は、お前達の規則で行ってはいけない場所だった、というところか」 「その通りです」 魔法ギルド側はセイネリアがこの剣の主になったのは分かっても、この剣からどこまでの知識を手に入れたのか正確に把握できていない筈だった。だから極力こちらが何を知ったかはぼかしておく。とはいえさすがにセイネリアも、もう今まで通りの知らないふりで蚊帳の外の立場は無理だとは理解していた。 だが、まだ彼等側につくと決めた訳ではない。 向うの真意が分かるまでは、セイネリアが彼等側につくことはあり得ない。幸い、魔槍の時とは違って今回の選択権はこちらにあるのだ。 「それでどうする? それ以外、というのは、あの場所を知った俺達を始末する事か?」 出来ないだろうがな、と思いながら聞くのは当然向うの出方を見るためだ。 思った通り、彼等の代表らしい魔法使いは首を振ってみせた。 「いいえ。我等の秘密は守らねばなりませんが、その為に人を殺そうとは思いません。それに……出来ないでしょう、貴方がいる限り。ここにいる者達は、ギルドでもかなりの使い手ばかりですが、それでも貴方が本当にその剣の主であるなら敵にはなりますまい」 さすがに長く生きているだけあってこのジジイは分かっている。 魔法はより強い魔力によって無効化出来る――という事はつまり、今のセイネリアに魔法は一切効かないという事である。なにせギルドでも上位だろうここにいる全員が束になっても剣の魔力には敵わない。彼らがセイネリアに対して下手に出るのはそのせいだ。 「……まったく、それを結界程度で閉じ込められたと思ったのですから、あやつの愚かさには呆れるばかりですが」 侮蔑を込めて吐き捨てるように言った相手の言葉にセイネリアは苦笑する。 あの女が一番愚かだったのはまさにそれで、セイネリアをあの結界で閉じ込められると思ったところだ。まぁおそらくはこの剣の力がとんでもないと分かっていても、実際どれほどかまでは分かっていなかった、というところだろうが。 「そもそも、あの場所を秘密のままにしておきたかった理由の大半はその剣です。それに誰かが触れれば大参事になる、それはお分かりいただけますね?」 「あぁ、そうだな」 それには即答してやれば、男は幾分か表情を和らげる。向こうにとっては最悪、剣の事を何もしらないままごろつきが剣を手に入れている、という可能性も考えていたのだろう。 ただそれで安堵したせいなのか、男の口調が変わった。明らかに瞳を爛々と輝かせ、口調に隠し切れない興奮が乗る。 「ですから、あの場所が見つからないように細工して、我々はあそこを隠していた。ところが、あり得ないと思っていた、その剣を使える者が現れてしまった。……これは、我々にとって全くの想定外であり、とてつもない危険と、とてつもない好機を孕んでいます」 先程までは冷静を保っていた男は高揚を隠し切れない。どこか遠くを見るようにうっとりともとれる狂気じみた目も、夢見るように話す声も、昨夜あの女が話しに来た時と同じだ。 だから、向こうが嬉しそうに話せば話す程、セイネリアの心は冷めて行く。 「言っておくが、俺はここで貴様らとぐだぐだ長話をする気はない。結局、何をしに来た?」 あきらかに不快そうにそう言えば、さすがに向うの男も真顔に戻る。 魔法ギルドとしてはセイネリアの気分を損ねる訳にはいかない――だから相手はそこで自分を落ち着かせ、改めてセイネリアに向けて深く頭を下げてきた。 「セイネリア・クロッセス。貴方は、その手に入れた力に見合うだけの地位を手に入れようとは思いませんか?」 --------------------------------------------- |