黒 の 主 〜運命の章〜





  【65】



――黒い人、か。

 あの男を思い出してクリムゾンは僅かに口元を歪めた。魔法使いが認めるのだから、あの男が手に入れた力は本当に相当のモノなのだろう。だがあの男はその力を使いたがってはいない。いらない、と言い切ったのは本気だとクリムゾンは思っていた。

「そんなにすごいの?」
「えぇ、あれなら魔法陣も呪文ももっといい加減でも成功してたかも。魔力はいくらでも入ってきたから形と場所だけ指定出来ればあとはイメージだけで作れたんじゃない?」
「へぇ、それはすごいね」
「えぇ、最強の剣っていうのは本当ね。だってあれだけ魔力があれば、使い方さえ分かってればなんでも出来るもの」
「そこまでなんだ」

 あの男は言った、剣などなくても自分は最強と呼ばれていると。あの男は剣を手に入れた事を疎ましく思ってこそすれ喜んでなどいなかった。
 最初は彼の考え方が分からなかったが、今はいくらかは理解は出来る。
 あの男にとっての『最強』は自分で掴みとってこそ意味があるもので、他から与えられた力による『最強』は単に自分のプライドを穢(けが)すものでしかないのだ。

 それを理解した時、クリムゾンはこの男なら『最強』であっても納得できると思った。

 ともかく、今では彼がどうするのかと思う事はあっても、彼の強さにケチをつける気はなくなったのは確かだ。

「そんなヤバイのか……あの剣は」

 魔法使いたちの話を聞いていたエルが、そこでまた話に入っていく。

「そうよぉ、あの人が本気でやろうと思えばそれこそ大陸全部を統べる王様にだってなれるんじゃないの?」

 それを聞くと、アッテラ神官の男は何故か声を上げて笑った。

「そらねぇよ。あいつが偉くなりたいなんて思ってたら、少なくともとっくに様付けされてるくらいの身分になってたと思うぜ」
「なにそれ?」
「あいつはなぁ、『ただの冒険者』って身分のままで貴族様を助けたり追い込んだりと手玉に取ってみせるような男なんだぞ」

 確かに彼が貴族からの仕事を多く受けているという話はクリムゾンも知っている。このアッテラ神官はあの男と仕事で組んでいたという話だから言っている事は事実なのだろう。
 魔法使い二人はそれに相槌程度の声を返した程度だが、そこで今までずっと黙っていた男の声が聞こえた。

「そこまでの能力があるなら、何故彼は偉くなろうとしないのでしょうね」

 それはラスハルカの声で、言われて魔法使い二人は『確かに』と呟いてそれに同意する。ただあの男と付き合いの長いだろう神官だけはあっさり答えた。

「前に聞いたら、偉くなって知らん連中の面倒なんかみてられるか、とか言ってたかな。でもその割には結構がんばってる奴とか見ると面倒みてやるんだぜあいつ。ま、あいつが面倒みたくないのは自分で何かしようともせず頼ってくるような連中なんだろな」

――あぁ、あの男なら、確かに。

 それはなんだかとてもよく分かったからクリムゾンは納得した。
 そしてそれとほぼ同時に、杖ではない別の場所から十字の光が入ってきて、皆の目はそちらに向いた。

「どうやら無事終わったかな」

 エルがいいながらゆっくり立ち上がって、それで皆も立ち上がる。少なくとも手順通りに穴があけられたことで皆の表情は明るい。
 そこで十字が開いて光の穴となれば、真っ先にアリエラが飛び出して行った。

「成功? 結界は消えたの?」

 穴の外にはセイネリアの姿が見える。十分な時間待ってから彼が穴を開いたという事は成功したと思っていい筈だった。とはいえそうは思っていたクリムゾンだが、外に出れば流石に見えたその光景に驚いた。

「……まぁ、出鱈目なこった」

 それを声に出したのはエルだが、クリムゾンも同意するところではある。なにせ、穴から出れば周囲一帯はただの更地になっていて、一体どんな出鱈目な力が使われたのだと呆れずにはいられない。
 ただし、この光景に対して、魔法使いであるアリエラの感想は少し違うらしい。

「勿体ない、攻撃用魔法としてじゃなく、ただ魔力の放出だけでこれだけの事が出来るなら……どれだけ無駄に魔力を使ったのかしら……」

 そのズレ具合にか、黒い男は苦笑する。
 アッテラ神官もそれに苦笑して、だが神官はすぐ皆の注目を集めるためにパンっと両手を叩いて、やけに明るく宣言した。

「まぁともかく、これで結界ってのは消えたなら、後は帰ればいい……ってとこだろ」

 勿論、アリエラの空間に逃げる時点で皆、出発の準備は出来ていた。
 だから普通ならば確かにエルの言う通りではあるのだろうが……黒い男が険しい顔でどこかを見ているのを見て、クリムゾンもそちらに視線を移して眉を寄せた。

「そう簡単にいかないようだぞ」

 セイネリアの言葉に、まだ気づかないアッテラ神官が怒鳴る。

「どういう事だよ?」

 そこでやっと他の連中もセイネリアが何かを睨んでいるのに気づいたのか、次々とそちらへと視線を向け、そしてそれぞれの反応を見せた。

「……うん、まぁ、やっぱ黙ってないよね」

 魔法使い見習いであるサーフェスがそう呟けば、やはりもう一人の魔法使い見習いの少女も言う。

「まぁ、これだけ派手に魔法を使ったんだもの。そりゃ気づかれない筈がないわねー」

 何もかもが吹き飛ばされたただの更地に、人影が最初は2、3。それが次々と姿を現し、見ているだけで最終的には十数人の集団が現れる。
 彼らが皆、一様にローブを身に纏い、杖を持っているのを見れば、その正体がなんだと疑問に思う事はない。

「あれは、魔法ギルドの連中か」

 セイネリアの言葉に、アリエラとサーフェスが答えた。

「そういう事」

 クリムゾンはセイネリアの顔を確認した。
 彼は不快げに魔法ギルドの連中を睨み、そうして口元に皮肉めいた笑みを浮かべていた。




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