黒 の 主 〜運命の章〜





  【61】



 さすがに置いてけぼりが行き過ぎて、エルはちょっと困った。だからまた無視される事を承知で手を上げて聞いてみた。

「えーと、どういう話なんだ?」

 セイネリアは相変わらずこちらを見もしなかったが、アリエラはこちらを見たと思ったら思いきり不機嫌そうに、少女らしい高い声で怒鳴ってきた。

「つまり、あの人がこの結界を一気に吹き飛ばす間、一時的に私たちは別空間に逃げてろって事よっ」

 キーンと耳がなる。エルは目を見開いたまま耳を押さえて後ろへ逃げて、よろけた拍子にしゃがみこんだ。そしてそういう時ばかりは、セイネリアは楽しそうに笑ってこちらを見やがってくれていた。

「ついでに、脳みそまで筋肉みたいなアッテラ神官様にいい事を教えて差し上げるわ。貴方も持ってるあのおばさんの作った空間への鍵使って、私みたいに中に入ってみなさいよ。それで、そこの黒い人に結界の外行って開けて貰うの。そうすれば、すんなり結界を出られるわよ」

 アリエラの言葉に、エルは納得する。確かに考えればそうで、そうすれば簡単に外へと出られる。

「そっか。なんだ、そうだよな、そうすりゃ難なくここから出られるじゃねぇか。よし、皆起こして早速……」

 立ち上げって家の方へ行こうとしたエルは、だが後ろで少女の大きすぎる溜息を聞いて振り返った。

「ホンっトにお馬鹿」

 少女は心底呆れたように大げさに肩を竦めていた。

「いーい、あの空間、いつあの女が開けるか分からないのよ。私の場合は、おばさんに開けられたとしても殺されないだろうって予想があったけど、貴方達を見つけたあのおばさんがどうするかくらいは想像出来るでしょ? 恐らく、結界張って安心して帰ったでしょうから、落ち着ける場所まで行ったら急いで中の本出す為に開けるわよ」

 う、とエルは顔を引きつらせる。それにニヤニヤと笑いながら、人の悪い男は追い打ちをかけてくれた。

「なんなら今試してみるか? 試すなら早い方がいいぞ。運が良ければ、あの女に気づかれずに外に出られるかもしれん。俺としてもその方が楽だ」

 それでもエルは、今すぐ入って出して貰えば大丈夫なんじゃね? とも思ったが……。

「あの女が移動してる間に済ませれば……大丈夫、なんじゃね?」
「あのおばさん、ポイント作った場所なら転送で即行けるのよ」

 それを聞いて断念した。
 メルーがあの倉庫に気づかず暫く放置してくれれば大丈夫だろうが、賭けとしてはかなり分が悪い。それにセイネリアの言い方からすれば、結界をふっとばす案の方はそれなりに成功を見込めそうにも思える。更には本当に最悪の場合でも、セイネリアが魔法ギルドに助けを求めるという手が残っているのだ。

「わーった、安全策で行こう。お前らに任す」

 全面降伏、というように両手を上げてそう言えば、アリエラはふふんと偉そうに腕を組み、むかつく男は笑ってくれる。

「とりあえず、そういう事なら試すのは明日で、今日は寝とけばいいだろ」

 だが、そこでそう言ってさっさと家に戻ろうとしたセイネリアには、流石にエルも驚いた。

「おい、ま……」
「ちょっと、そんなのんびり寝てる場合じゃないでしょ!」

 また自分が言い切るより先にアリエラに先を越されて、エルは黙った。
 だがムカつく男はそれにも微塵も気にした様子を見せず、ちらと振り返るといつも通りの冷静過ぎる声で答えた。

「では聞くが、急いで何か違いがあるのか? あの女の作った空間を使わない時点で焦る必要はないだろ。どうせあの女は俺達を閉じ込めたと思って気にしていない、朝になって事態が悪化する事もないだろ」
「……でも、私は魔法の準備があるのよ、失敗しないように出来るだけ時間を掛けてやらないと」
「この暗い中でか? 魔法陣を描くにしても効率が悪いしミスしやすいだろ? 明るい中、ベストな状況でやったほうがいい。お前、腹が減ってるんじゃないのか?」

 それにはアリエラは黙る。
 確かに彼女にとっては一日も経っていない事だったとはいえ、腹が減るには十分くらいの時間は経っていた可能性は高い。

「今日は獲物が多かったからまだ肉が残ってる、軽く暖炉で焙ればすぐ食えるぞ」

 その言葉と同時に、腹が鳴る音がする。
 エルはあえて聞かないふりをしたが、まぁおそらくはアリエラのものだろう。

「分かったわよ、ベストな体調でやった方がいいものね!」
「そういう事だ」

 本気で嫌味な男だよなーと思いながら、エルは軽く頭を押さえる。ただそれでもセイネリアの言ってる事は間違ってはいない訳で、エルは出来るだけ優しい声でアリエラに言った。

「狭いとこずっといてきつかったんだろ? なら頭使うのは飯食ってちょっと体伸ばしてリフレッシュしてからがいいぜ」
「分かってるわよっ!!」

 そこでまた魔法使いの少女に怒鳴られてエルは顔をひきつらせた。

――いやだからなんで俺が怒られるんだよ。

 本来の怒りのぶつけ先の筈の男といえば、悠々と歩いて建物に向かっているところだった。




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