黒 の 主 〜運命の章〜





  【60】



「何、単に俺には魔法が効かないだけだ」

 どこまでも冷静で偉そうな男は、分かり切っていた事だが平然とそう答える。勿論それに勝気な少女が怒る。そーだそーだ怒るならこいつにだろとエルが思ったのは言うまでもない。

「何よそれ、そういう体質だとか馬鹿な事言い出さないわよね?」
「当然だ、剣の所為に決まってるだろ」

 そこでエルは思わず、あー、と間抜けに呟いた。
 アリエラもそれを聞いて反論の言葉がピタリと止まった。暫くすると、彼女も自分が興奮しすぎていたことに気づいたのか、ふー、と大きくため息をついて、今度は幾分か落ち着いた声で言った。

「魔法っていうのは、理論上、元の術より圧倒的に強い魔力をぶつければ無効化出来るものではあるけど……でもこれだけの術をまるで無いように出来るなんて……どれだけの魔力なのよ、相当にヤバイ品物ね、ソレ」

 それにはセイネリアが楽しそうに喉を鳴らす笑い声が聞こえて、エルは顔をひきつらせた。

「そりゃな、あれだけの仕掛けの中にあったんだ。おまけにおそらく、これの所為で、あそこは『行ってはいけない場所』だったんだろうよ。あの女がこちらを生かして返す訳にはいかない理由も、多分これの所為が大きいんだろうな」

 あの剣がヤバイというのはエルだってわかる。理由なんかクリムゾンの件で十分だが、エルだってあれを見ているだけでなんだかすぅっと意識が吸い込まれそうな気がして背筋が寒くなった。他の連中も剣を見て固まっていたし、それを平然と持てるこの男のオカシさは訳がわからない。
 そうして引きつった笑いのまま固まっていたエルだったが、そこでセイネリアがまた話し始めて彼に意識を向けた。

「ま、そういう事でな。俺はここを出ていけるから、最悪でも助けを呼ぶ事は出来る。あまり関わりたい連中じゃないが、魔法ギルドの方に連絡をとればどうにか出来はするだろ。だがまぁ、お前次第では、ここをそのまま抜ける事も可能だろうがな。……そこで聞きたいんだが、アリエラ?」

 セイネリアの言葉尻に合わせて、エルはアリエラを見る。

「あの女の置き土産のこれは、どうすれば消滅させることができる?」
「どういう事だ?」

 こいつ今度は何言い出したんだ、と思ってエルは聞き返したが、セイネリアはこちらを見もしないでスルーしてくれた。彼はアリエラだけを見て聞く。

「この剣を抜いて、あの女が作ったこの空間の壁を斬ってみたんだがな、斬った場所は確かに壊れるが、すぐに回りがそこを取り込んで修復するようになっていた」
「そうよ……この術が厄介なところはそれだもの。完全に折り重なって一つの結界を作ってるから、一部を壊した程度ではすぐに修復されちゃうのよ」
「ならつまり、一度に全部を吹き飛ばせばいいのか」
「そう……ね、さすがに全部一度に吹き飛ばせば、修復できずに壊れるしかないでしょう、けど……」
「全部とは繋がっている他の空間全部を丸ごと消せということか?」
「あ……いえ、あくまで魔法の元になってるのはこの空間にあるから、この空間の元だけを全部消せば他は整合性が取れなくなって霧散すると思うわ」

 正直を言って、エルは魔法の話など分からない。だから二人のやりとりの意味が分からず黙っているしかなかったのだが、とりあえずメルーが残したモノは相当厄介でそうそう壊せないらしいというのは分かる。

「そうか、それなら、後はお前次第だ」

 だがそこで、やけにあっさりセイネリアがそう言ったから、エルは更に首をかしげる事態となった。本当にこの男は何を考えているのかわからない、というか理解が追い付かない。

「俺以外の連中はここを出られない。だからといって、お前達を俺の後ろにしてこの中から剣で振り払ったなら、全てを一度に消す事は難しい。それだけ一気に壊すなら、結界の外から全体に向かって剣を使う方が確実だ。だがそうすれば、お前達は当然、剣の力に巻き込まれる」

――それってヤバくね?

 そう思ってアリエラを見れば、彼女は真剣な顔で考え込んでいた。

「その前に確認するが、お前は、あの女の倉庫のようなものを作る事は出来るか? 出来れば、鍵を使ってどこでも開けられるようなものを。それならそもそも結界を壊す必要はなくなる。だがもし出入り口が固定でなくてはならないなら、空間には広さがそれなりに必要になるんだが」

 やはりエルにはセイネリアが何をしたいのかが分からない。

「広さが必要な場合は、せめて5人入れるくらいのって事かしら?」
「そういう事だ」

 ただアリエラ自身は分かっているようで、エルは二人の顔を交互に見比べる。

「残念だけど、おばさんと同じどこでも開けられるようなものは私じゃまだ無理。場所を固定するなら……出来る、かもしれないわ」
「仮に、魔力は余る程あるとしたら?」
「それでも無理。そこまでの理論を私が知らないもの、申し訳ないけど、所詮私はまだ見習いよ」




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