黒 の 主 〜運命の章〜





  【53】



 帰り路は、気味が悪い程順調だった。
 城から外へ出た段階で既に夕方近くだったため、また前夜野宿したところまで戻って夜を過ごし、翌日から樹海に入ったのだがその進む早さは行きの倍近かったかもしれない。
 なにせ、お荷物がいない。
 メルーとアリエラがいないとなればあと体力的に問題がありそうなのはサーフェスくらいで、だが彼は前に言っていた通り森歩きは慣れていて足手まといになりはしなかった。それに彼が行きに途中の木々に印をつけてくれていたことで道に迷う心配もなかった。

 ただアリエラの結界がないため野宿は警戒しなければならなかった。それでも寝てる間に動物に襲われる事はなく、それどころか道中では化け物どころか小動物さえ見かけなかった。その理由にセイネリアは気付いていたが、皆には特に何も知らせなかった。それでもおそらくこの中で2人――ラスハルカとサーフェスは気付いていると分かっていたが。

 だから途中の野宿の火の番でまた一緒になった時、セイネリアはラスハルカに聞いてみた。

「別に不思議でも何でもないですよ。皆、貴方の剣を恐れて近づいてこないだけです」

 やはり分かっているか、という思いと共にセイネリアは皮肉気に笑う。

「ふん、とんだ拾いものだな」

 唾を吐きかけたいくらいの気持ちで、セイネリアは鞘に収まった黒い剣を見た。一応これも魔槍のように呼べばくるから持ち歩かなくてもいいといえばいいのだが、万が一にも他人や、化け物でも動物でも、これにを触れる何者かがいたらマズイため持ち歩くしかない。
 セイネリアとしては、本気でイラナイ物を手に入れてしまったとしか思えなかった。

「本当に……不思議な人ですねぇ、貴方は。剣を手にした時点で、それがどれほどの力を持つものかは分かったでしょうに」

 言われて、セイネリアは皮肉に唇を歪めたまま彼を見た。

「だから、こんなに機嫌が悪いんだ、分からないか?」
「そうですねぇ……」

 ラスハルカは困ったように笑う。その様子は別に演技をしているようには見えない。
 アルワナ神官である彼はあの時王の魂に体を乗っ取られたのだと思われる。問題は、それによってどれだけ王の記憶を手に入れたかだ。操られていただけなら問題ないが、ある程度同化していたのなら王の記憶を覗いてしまった可能性がある。

「誰も手に出来なかった、最強の剣、それを手にして不機嫌になる気持ちは、私にはやっぱりわかりませんね」

 言いながら、向うも向こうでこちらの考えを伺おうかとするように近づいてくる。例によって探り合いだなと思いながら、セイネリアは彼の言葉の一つ一つに注意を払う事にした。

「貴方は、最初から不思議でした。私はほら……死者が見えますから、彼らの反応から初対面の相手がどんな人物かまず予想するわけです」
「ほう」

 ならば、彼が初めての場所で、見た事もない化け物の生態を知っていたのも、周囲の『死者(人だけでなく動物もかもしれないが)』から聞いたせいというのだろうか。眠らせる、眠った者を操る、死者と話せる――アルワナ神官の能力自体は有名ではあるが、神殿は秘密主義であるからそのしくみは本人達しか分からない。

「死者達でさえ、貴方には恐れて近づかないんですよ。なにせまったくつけいる隙がないですからね、貴方は。貴方は不安だとか恐れだとか感じないんでしょうね」

 それにはセイネリアも顔には出さないがさすがに呆れる。まるで自分が人間じゃないみたいではないかと言いたくなる。

「全く感じない訳でもないが……そんなものを感じている暇があったら、対処出来るだけの準備をしておくな」

 それにラスハルカは笑った。

「普通はどれだけ準備をしたって不安なものは不安ですよ。状況だけで感情まで簡単に落ち着かせる事なんて出来ません」

 笑ってはいても呆れたようなその顔は作った表情には見えない。こちらを探りたいのかと思っていたが、その割には今の彼の顔には裏がないように見える。

「なに、どう転んでも最悪は死ぬくらいだろ。その程度なら恐れる必要はない、死んだらそれまでだ、その後を考える必要さえない。死んだなら俺はそこまでの人間だったという事さ」

 それはずっと昔から自分の中にある覚悟だ。最悪でも死ぬだけ、結局は根本にそれがあるから恐れに支配される事がないだけの話である。
 その言葉に、アルワナ神官でもある男は一瞬、驚いたような顔をした。そこから何か泣きそうな顔をしながら笑って、彼はついに下を向いた。

 アルワナ神官として彼がこの仕事に潜りこんだのは、魔法ギルドでさえ秘密にしていた(と思われる)樹海の秘密を探るためだと考えられる。彼の仕事はそれを確認して、神殿に報告する事なのだろう。彼がずっと、神殿のために、神殿の指示によってこの手の仕事をしてきたのだと考えれば、ある意味ボーセリングの犬と似たようなものかとセイネリアは思う。

 そのままセイネリアが考えて黙っていれば、ラスハルカも何も言ってこなかった。
 遠回しの探り合いも馬鹿馬鹿しくなったセイネリアは、そこで直接彼に聞いてみる事にした。

「……それで、お前が乗っ取られたのは、やはりあの城の王なのか?」

 ラスハルカは強張った顔でこちらを見て来た。まさかとは思うが、嘘は言えないようにわざと彼を冷たく見下ろす。アルワナ神官である男は観念したように口元を歪めてから口を開いた。

「えぇ、そうです。こちらの失態でした……最初は『彼』から話を聞くだけのつもりだったんですけどね、話しかけた途端に入られました」




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