黒 の 主 〜運命の章〜





  【52】



 朝は曇っていたが外に出れば見事な青空が広がっていて、暗い場所に慣れていた面々は皆顔を顰めた。ただし、すぐにその解放感に体を伸ばし、顔には笑みが浮かんでいたが。
 セイネリアでさえも、そこで数度思いきり深呼吸をした。なにせ白骨死体だらけの部屋や地下通路などといった辛気臭い場所ばかりにいたのだから、さっさと体の中の空気を入れ替えてしまいたい気分だった。

 そうして太陽の下で改めて、無理やり腰に刺してある黒い剣をじっと見てみた。勿論鞘には入っていたが、それでも力が凝縮されている感じは分かる。
 剣を手に入れてから――現状、正直はっきり変わったと分かるのは視界とは違う意味で魔力が『見える』事だけではある。剣の力についてや、剣の中にいる連中の事について、考えればすぐに頭に答えはでてくるが、剣を手に取った時のように声が聞こえてくる事はその後一度もなかった。とはいえ剣の中の連中と繋がっているのは分かる、気配というか感情が伝わってくる事はある。セイネリアが無視すれば気にならない程度のものだが。ここは魔槍の時とさほど違いはない。

 ただ……あの時呼びかけてきたギネルセラではない『もう一人』、そいつの意識は確実に正気である筈だった。なのにそいつの記憶をたどれば妙に『抜け』がある。こちらに話しかける事が出来るようなのにずっと黙っている事といい――もしかしたら意図的に記憶や意識を隠しているのではないかとセイネリアは思っていた。

「あーあ、あんな木でぶち抜いちまったら、もうあんまもたねーだろうなぁ」

 そこでエルの声が聞こえてセイネリアは彼を見てからその視線の先――今出て来たばかりの城を見た。他の連中も、エルの言葉で城を振り向いていた。
 中からでも分かってはいたが、サーフェスの木は城の天井を突き破って上から飛び出していた。あれではもう穴から雨が入ってきて、ここまで形を残してきた物達もこれからは一気に劣化が進むに違いない。

「ま、いいんじゃない? 使えそうな資料はあの女が根こそぎ持っていったろうし、一番の問題だった剣もないし。後は大したモノなかったし」

 それに対するサーフェスの割り切りの良すぎる発言に、エルが驚いた……というより呆れたような顔をして、魔法使い見習いの青年の方へと歩いていく。

「しっかしまぁ、魔法使いってのは知識の為には必死になるって話だったが、あんた、貴重な資料を全部あの女にもっていかれるって話もそう残念そうでもなかったよな」
「だって最初からそういう契約だしね。……まぁ僕自身、樹海に来たかったってのもあったんだけどね。樹海は見たことない植物の宝庫だからね、僕の能力的に出来るだけたくさんの種類の植物のサンプルがほしいんだ」
「なるほどなぁ」

 気持ちいい程のさばけた発言には、聞いているこっちの方が笑いたくなる。基本魔法使いを嫌っているセイネリアでも、この男のような人間は好ましいと思う。なにせ能力の方も相当で、確実に『使える』人間だ。

「それに今、僕はお金が必要なんでね。だから金になる仕事をしたかった訳だ」
「つまり、最初から割り切ってるのか」
「そういう事」

 知識欲より金に拘る魔法使いというのは初めてみたが、望みがハッキリしているのなら仕事としてもやりやすい。無事帰れたらだが、彼とはまた仕事で声を掛けられるくらいの繋がりは作っておくべきだなとセイネリアは思う。

「まぁ、そこそこ金目のものは手に入れたし、後は無事帰って報酬の後金をあの女からせしめられれば万々歳かな」

 その顔には未練らしきものは一切ない。本気で彼としては今回は金が稼げればよいのだろう。

「あっさり渡さないかもしれないぞ」
「んー……かもねぇ。でも多分、無事帰れたなら渡すよ」

 それに疑わし気な視線を向けるエルと、やけに自信満々なサーフェス。なかなか面白い対比だと思うが、読みはサーフェスの方があっているだろうとは思う。ただしそれは、あの女の方も無事帰れたら、という条件がつくが。
 ただそんな話をしている後ろで、微妙に間延びした声が聞こえた。

「あれ……なんで寝てるんでしょうかね、私」

 皆が一斉に振りむく。ラスハルカはそれに焦ってきょろきょろと辺りを見回したが、ここが外だと分かってぽかんと空を眺めた。

「正気か?」

 別に聞かなくても見れば分かるが、セイネリアはわざと嫌味を込めて笑いながらそう聞いてやった。そこではっとした表情になった段階で、彼は状況を思い出したのだろう。ラスハルカは乾いた笑いを浮かべてから、がくりと頭を抱えて下を向いた。

「えぇ……はい、あの、もう大丈夫です。皆さんにはご迷惑をおかけしてすいません……」

 そこで周囲から笑い声が上がって、ラスハルカは更に頭を抱えて小さくなった。
 とりあえず彼が正気であるなら、少なくともここに今いる者達としてはあとはこのまま帰る事だけを考えれば良くなる。それもあって安堵したのか、皆の笑い声はそこから暫く続いた。




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