黒 の 主 〜運命の章〜 【54】 予想通り、彼は死者に話を聞くためにその魂に同化する、もしくはその魂を自分の中に招くのか。それで相手の記憶を読むか、そこで相手と問答を行うのか――後者であれば問題ないのだろうが、前者であるならどこまで彼が知ってしまったのか、そこが問題となる。 「それで、何が分かった?」 聞けば、ラスハルカは困ったようにそれでも笑う。この顔からすれば、まだそこまで核心になるところまでは知らないように思えた。 「そうですね……貴方が剣から知った事と大差ないとは思いますが」 「話してみろ」 「……力を欲した王が、自分に仕えてた部下達を騙してその剣を作りあげ……けれども剣を使うだけの力がなくて破滅した、という話ですよ」 やはり核心部分はぼかしてきたか、とは思ってもここまでが口に出せるぎりぎりではあるのだろう。それでもそこまで分かっているというのなら、やはり王の記憶をある程度見ているのは確定だ。 「全部を自分のモノにしようとして、全部を自分で壊した男の話か。まったく、バカな話だ。手に入らなかったなら、さっさとあきらめて成仏しとけばいいものを」 だからセイネリアも彼と同じ程度にぼかして返してやる。これで互いにかつてあった大国とやらがどうやって滅亡したかとそれは知っている事までは分かった事になる。 「人間ってのは、そんなにあきらめのいい生き物じゃないんですよ……」 それは彼が『王の視点』で知ったからこその言葉だろう。 憐れむようなその顔はあの強欲な王に対しての同情なのか、それとも王の欲によって滅び去った者達への同情なのか。セイネリアが知る記憶はあくまでギネルセラ視点であるからそもそも彼とは見え方が違うのは当然だが、少なくともこの男が今浮かべている感情は彼のモノで根本はいわゆる『優しい』人間であるというのは分かる。 「なに、この剣に掛かった呪いのカラクリは単純だ。何も望まなければいい」 それを彼に教えたくなったのはただの気まぐれだ。 王側の記憶を持つ彼に、どうすれば剣を使えたのか、それを教えて彼がどう思うかを知りたかっただけに過ぎない。 「どういう意味です?」 「これはな、剣を使おうとした段階で剣に心を取り込まれるんだ。これを抜いて何かを願えば、それに必要以上の力が放出されて、結果、暴走するしかない」 ラスハルカはどこか呆然としたようにそれを聞いて、呟いた。 「つまり、その剣を持つ条件は……」 「あぁ、剣に何も望まないことだ」 セイネリアは笑って答えてやる。勿論それだけではないがそこは教えない方がいい。アルワナ神官のやさ男は、それにまた暫く呆然としてから唐突にこちらに詰め寄ってくる。 「そんな事、あっさりばらしていいんですか?」 セイネリアは笑った。 「望まないのなら、剣を手に入れる意味がないだろ? 望んだ時点で暴走する、知ったところでどうにもならないな」 つまり、セイネリアとしてはバラしたところでどうでもいいことだから教えただけだ。そしてもし、自分のように何も望まずにこの剣を持ちたいと言う者がいるなら、いつでも剣を持って行ってくれて構わないという気持ちもあった。 「俺はこんなモノいらない。剣に何も望まない。使う気がなくても振れば魔力が放出されて目標は勝手に倒される。剣との契約が成立したことで、魔力と効果は否が応にも俺の中に流れてくる……まったく、つまらんものを手に入れただけだな」 セイネリアは基本、後悔なんてするのは馬鹿馬鹿しい事だと思っている。けれどこの剣を手に入れた事だけは今、明らかに後悔していた。 「なんで貴方は……剣に何も望まないのですか?」 やはり驚いてこちらを不思議そうに見てくる男を見て、セイネリアは僅かに失望した。彼もクリムゾンと同じだ、期待した訳ではないが自分の考えは理解できないらしい。 「強さは自分の力で手に入れないと面白くないだろ? 剣なんてモノの力は自分の力でもなんでもない。そんなものなぞ手に入れても意味がない」 ただ面白い事に、ラスハルカはそれには驚く事はなかった。どこか納得したように唇に薄い笑みを引いて、彼は静かな声で聞いてきた。 「貴方が、欲しいモノは何です?」 セイネリアは即答する。 「俺自身の強さと価値だ。それを手に入れたと実感する事、それこそが望みだ」 だが、直後にセイネリアは考えた。 望んだのは強さ、それによって自分という人間に価値を作る事。確かにここまで、自分が強くなったと分かる度、強い相手に勝つ度、困難な状況でも生き残る度に満足感というべきか、その時だけとはいえ心に熱が灯るような感覚は得られてきた。 ただ今、『最強の力』と分かる剣を手に入れた自分はどうだろう。 確実に言えるのはなんとも言えない胸糞の悪さだ。醜い欲の結晶として作られたふざけた性能のこの剣を使えば、今後セイネリアはまず大抵の望みが叶うだろうという事を『分かって』いる。それが一番気にいらない。確実に『力』と分かるものを手に入れて、ここまで気分が悪くなることはなかった。 それは恐らく、それが他者から与えられただけのモノだからだろう。 ――力と、生きる意味が欲しいと思っていたんだがな。 『力』はただの手段だという事くらいは分かっていた。『力』そのものが一番欲しいモノではないと、それくらいは理解出来てはいた。だがまさかここまで『力』を手に入れる事にムカつくというのは自分でも驚きではあった。 『力』自体が欲しいのではない、ならば本当は何が一番欲しいのか――セイネリアは燃える火を見つめて考える。答えはすぐには分かりそうになかった。 --------------------------------------------- |