黒 の 主 〜運命の章〜





  【50】



 セイネリアは暗闇の中を歩いていた。後ろから聞こえる足音はクリムゾン、狭い通路の中では割合響く。そのほか水が落ちるポタポタという音もあちこちから聞こえるから、地下通路なんて言っても辺りは決して静かとは言えなかった。
 例の倉庫を使った魔法の光は勿論そこまで明るくはない。
 だからある程度歩いてはまた使って周囲を確認する必要があった。行くべき方向は分かっているし壁に手をついているから道なりには歩けている筈だが、障害物や穴などがあればまた面倒な事になるからだ。

 ただ、もとが同じ部屋にいたのであるから、各自が落ちた場所がそこまで離れている筈はない。今は場所が分かるサーフェスのいる方へと向かっているが、彼もそこまで離れた場所にいる訳ではなかった。

「さて、この壁の向こうだな、これは」

 通路を進み、壁を挟んだ向うに彼の魔力が見える場所にくると、セイネリアは壁の岩肌を撫でてみた。ここはきちんとした通路として使われていたようではあるが、壁はただ掘っただけの岩壁のままで加工されてはいない。
 ためしに壁を剣で数度叩いてみれば、向う側からコン、コンと少し高い音が返ってきた。それから耳を澄ませば。

『そっち、誰かな?』

 サーフェスの声が僅かに聞こえた。

「少し離れてろ」

 言うとセイネリアは持っていた例の黒い剣の柄頭(ポンメル)で今度は力を入れて壁を2度程叩いた。仕上げに足でそこを押すように蹴れば、壁が崩れて光が見えた。

「うん、さすがの馬鹿力だね」

 崩れた壁の向こうから、今度はクリアな声がする。急に入ってきた光に目を細めたセイネリアだったが、目が慣れてくればその光の中に魔法使いの青年の姿が見えた。傍に他の人間の姿が見えないからここは彼一人なのだろう。

「怪我は?」
「ないよ、まぁ、あちこちひりひりするけど」

 そのやりとりの後、壁の残骸を超えてサーフェスはこちらにやってくる。そのせいで通路の先まではっきりと見えるようになった。どうやらこの地下通路自体はかなり先まで続いてはいるらしい。

「さて、ランプ役も出来たしな、残りを探しにいくか」

 セイネリアが言って歩き出そうとすれば、その横にサーフェスがやってきた。

「あぁ、あのさ。全員見つけたらこの部屋に戻る事にしてもらえるかな。少し時間かかるけど、ここから上に上がれるように準備してあるから」
「なんだそれは?」

 聞いたのはクリムゾンだ。

「そこは後でのお楽しみってとこかな」

 いうと魔法使い見習いの男はセイネリアの少し後ろに下がった。
 セイネリアが歩き出すと、二人とも後ろからついて歩いてくる。

「あ、ところでさ、アテはあるの?」

 だが歩き出してすぐ、サーフェスがそう聞いてきたため、セイネリアは足を止めないまま言った。

「お前を見つける時はあったんだがな、今はアテといえるほどのものはない」
「じゃ、何を基準に歩き回ってるのさ」
「一つの部屋から落ちたんだ、いくら離れててもあの広間の広さの範囲内だろ。最初にいた位置をあの広間の中の位置と照らしあわせて、その範囲を歩き回ってるつもりだ。幸いここは迷路のように入り組んだつくりになってる訳でもないしな」

 落ちる前にいた立ち位置に、セイネリアがいた場所とサーフェスの場所を当てはめれば他の連中がそれぞれどの辺にいそうかという予想は立てられる。通路はかなり先まで続いてはいるが、あの広間の範囲外へはいく必要はない。

『……目ぇ覚ましやがれー』

 そこで遠くからどう聞いてもエルだと分かる声が聞こえてセイネリアは足を止めた。

「どうやらあっさり見つかったようだな」

 呟けば、笑い声と共に後ろからサーフェスの声が聞こえた。

「そのようだね」







 暗闇と静寂だけがある空間にエルの声がこだまする。

「ざけんなよっ、勝手に一人で楽なってんじゃねーよ。くそ、目ぇ覚ましやがれーーーっ」

 怒鳴ってももう声は返ってこない。
 エルは座り込んだまま床を叩いて、それからガクリと下を向いた。
 一応念のために手探りでウラハッドの顔を辿って息を確認する。叩いても動く事はない。エルは最後に、ちくしょぉ、と小さく呟いてから溜息をついた。

 そうして暗闇の中で下を向いて、どれくらいが経ったのか。
 ゴッゴッと何か叩くような音がしたのを聞いてエルは顔を顔を上げた。探るように叩いていた音が、今度はガコッっと大きな音になる。それから大きな破壊音が響いて、エルは入ってきた光に目を細めた。

「エル、無事か?」

 ヤバイ時に彼の声を聞いて安堵してしまうのはもしかしたらもう条件反射になっているのかもしれない。強張っていた顔を無理矢理笑顔にして、エルはいつでも偉そうな黒い男を見た。

「おう、無事に決まってンだろ」

 笑って言えば、セイネリアが壁の穴からこちらに入ってくる。壁の向こうには他の者もいるようだ。杖の光が見えるから、誰か魔法使いがいるのは確定だろう。

「怪我は? 歩けるか?」
「ばっか、俺ァ自分で怪我くらい治せンだぜ。そっちこそ怪我人はいないのか? 治してやんぞ」

 そうして立ち上がろうとすれば、セイネリアが手を伸ばしてくる。
 それに何故だか泣きそうになってしまって、だがエルは顔に力を入れて笑顔を保つと、その手をパンっと音がするほど勢いをつけて掴んだ。すぐにセイネリアが引いてくれて、エルは立ち上がる。

「他は?」

 そう聞かれれば少し動揺しそうになるが、声にそれが出ないようにする。

「ラスハルカがあっちにいる。気を失ってるみたいだが無事かはちょっと分からねぇ。……それと、ウラハッドもいたんだが……」

 そこでサーフェスが入ってきて、部屋全体が光に照らされる。それでエルに隠れて見えていなかったウラハッドの姿が見えたのか、セイネリアはエルから背を向けてラスハルカの方を向いた。

「運が悪かったな」
「あぁ……」

 それだけを言って、セイネリアはラスハルカの方へ向かった。
 エルは振り返ってウラハッドの顔を見た。その顔は笑っていて、エルは思わず歯を噛み締めた。




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