黒 の 主 〜運命の章〜





  【45】



 目を開ければ、そこは暗闇だけがあった。
 ただ起き上がって目を凝らし、辺りを見回せばセイネリアにはぼんやりと『分かる』ものがあった。それが魔力であると分かったのと同時に、ならこれは落ちた他の者の魔力だと理解する。

――向うにはっきり見えるのはサーフェスだな。

 魔力で個人を判別出来るのは自分でも不気味だが、あの黒い剣を手に入れた時から人を見た時にその魔力を感じ取れるようになっていた。何故分かるのかも考えれば答えは頭の中に既にある。これは魔法使いなら皆持っている能力らしい。一応魔槍の時にも魔力を感じられるようにはなったが、こんなにハッキリ分かるものではなかった。そこはやはり、魔槍の方の中の魔法使いは殆ど意識が消えていたからか。

 それでも距離が離れてしまうと弱い魔力は見えない。だから一人を除いて魔法使い以外の連中が見えないのは分かる。ただサーフェスがはっきり見えるのにアリエラが見えないのはおかしいと思えた。

――あの魔女が弟子だけ助けにきたか、あとは死んだかだな。

 死んでいるなら魔力は見えない、とそれも当たり前のように分かっている自分に少し腹が立つ。あの黒い剣の中にいた者達の記憶と自分の記憶が融合していて、感覚では区別がつかない。内容で自分の記憶ではないものだと判断するしかない状態だ。
 その状態がやたらと気色が悪い。まったくいらないモノを手に入れてしまったとしか思えなかった。

「ムカつくな」

 呟きながら立ち上がって体の感覚を確認する。どこにも痛みを感じる箇所はなく、驚くほど体には全く問題はない。思ったよりは深くなかったのかとも思うが、上を見ても暗闇から暗闇へと落ちただけあって何も見えなかった。もしかしたらあの大量の骨達が一緒に落ちてくれてクッション代わりになったのかもしれない。
 腰を探ればランプは自分の下敷きにでもなったのか奇妙な形に変形していて、光粉も袋が濡れているから使い物にはならなそうだ。地下水でも落ちているのか下が濡れていたからその所為だろう。セイネリアは手探りで腰に括り付けてあったもの達を調べてみた。現在何を持っていて何が出来るか、まずはそれを確認する。

 だがそこで人が動く気配がして、セイネリアはそちらに目をやる。
 サーフェス以外で見えていた魔力、ただしここまで近くなければ絶対に彼の魔力は見えなかったに違いない。見えてる事で生きているのは分かっていたが、それが自ら立ち上がったのを確認してから、セイネリアは声を掛けた。

「ふん……無事か、ならさっさとここを出るか」

 一瞬彼が警戒したのが気配で分かって、それからすぐにこちらに気づいて彼は警戒を緩めた。

「出る、と言うとどうする気だ?」

 声を頼りに、彼は数歩だけこちらに近づいてきた。暗闇では見えないが、赤い髪の男――クリムゾンはどうやら怪我もなく普通に歩ける状態らしい。

「お前、ランプをつけられるか?」

 とりあえず聞いてみれば、彼も自分の荷物を探っているのか暫く間があいてから答えが返る。

「携帯ランプは落したな。粉の袋も濡れてる」
「そうか、こちらも同じようなものだ」

 となれば常に明かりを持って歩くのは諦めるしかない。光粉が無事でないなら落ちたランプを探す意味もない。それでも現状、一瞬でいいなら周囲を確認する手段はある。普通ならそういう用途と言えば光石だが、それよりもっと使い勝手のいいものがあったと、思いついてセイネリアは軽く笑った。

「何がおかしいんだ? お前はどうする気だったんだ?」

 さすがに気配に敏感な男は、警戒心を露わにしてそう言ってきた。

「なに、あの女は便利なものをくれたろう?」

 そう、もっと手軽に光を使う手段はメルーがくれていた。セイネリアは腰の袋から木製の鍵を取り出すと、それで空間に大きく輪を描いた。そうすればそれをなぞって光の輪かが浮かびあがる。暗闇がその光に照らされて周囲の様子を浮かび上がらせる。

「地下通路か?」
「そんなところだろうな」

 見えて分かったが、今いる場所はさほど広くはなかった。ただ前後には細長く続いていて、下には布らしきものが敷いてあるからただの洞穴ではなくきちんとした通路だったのだと思われた。

 鍵で穴を固定せずに放置していれば、やがて自然に光の輪は消える。だがセイネリアとクリムゾンであれば、一度周囲を確認出来れば後は暗闇でも問題はない。それに周囲を確認したくなったのなら鍵を使えばいつでもできる。なにせこれなら光石と違って個数を気にする必要もない。

「戦力的に考えて、俺たちが動いてほかの連中と合流するほうがいいだろう」

 セイネリアが言えば、クリムゾンもすぐに返事を返してくる。

「そうだな」

 どう考えても、今バラバラに落ちた連中の中で自分達二人の組み合わせが戦力は一番高い。魔法に対応が出来ないという弱点も、今のセイネリアであれば問題なかった。
 セイネリアはクリムゾンに、行くぞ、と告げると壁に手を付きながら歩きだした。




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