黒 の 主 〜運命の章〜





  【46】



 暗闇だけの空間を見た時、ウラハッドは思った。
 ついに自分は死んだのか、と。

 自分の人生を振り返れば、そこには後悔だけしかなかった。自分の罪を考えれば、死んでも彼女に会えるなんて思えなかった。
 だがそこで体の痛みを感じたことで彼は自分がまだ生きているのだと分かった。ただし動こうとしても体は動かなかった。どの道ここで死ぬのは決まりらしい、とウラハッドは笑った。

――どうせなら、あの子の身代わりになって死にたかったんだがな。

 自分のような罪深い者には、そんな贅沢な死に方は許されなかったらしい。床が崩れた時にあの娘の元へと走ったけれど間に合わなかった。ごめん、と勝気な魔法使い見習いの少女を思い出してウラハッドは呟く。それからどうか彼女が無事であるように、と祈る。

 だが、そうして死を覚悟して目を閉じたところで、彼はどこかで何かが崩れる音を聞いた。直後に人が唸るような声が聞こえた気がした。

「誰かいるのか?」

 返事はない。だから今度は腹に力を入れて、現状の精一杯の声で呼びかけた。

「おーい、誰かー生きてるのかー」

 そうして耳を澄ませば僅かに声が聞こえた。これは気のせいではない。声は小さいが割合近い。

「生きてんだな、怪我とかしてないか?」

 今度は確実に何かが動いてガラガラと音がなった後、痛っ、という声が聞こえた。それから聞いた事がある――アッテラの治癒術の呪文が聞こえれば、誰がいるかは確定出来た。

「こっちは大丈夫だ、そっちは怪我してないか?」

 聞こえたその声にウラハッドは目を細める。それがアッテラ神官だと分かった段階で、ウラハッドの顔には安堵ともとれる笑みが広がった。そうか、あの神官がここにいるならこれは運命なのだろう。

「……そうか、そりゃよかった。こっちは……怪我は、してる」

 言えばカラカラと音がして彼が動いているのが分かる、それからすぐ。

「眩しいから目ぇ閉じてろよ」

 声がして辺りが一瞬、光に包まれた。周囲を確認するために光石を使ったのだろう。
 光がおさまれば、今度は明らかな足音が近づいてくる。

「おい無事か? どこ怪我してる、言えば治してやるからよっ」

 あぁそうか、アッテラ神官ならそう言ってくるよなと今更に思って、それから自分の状況を考えてウラハッドは笑う。

「はは、治癒術は無駄だな。まずはこの瓦礫をどかさないと」

 ウラハッドが動けなかった理由は怪我だけではなかった。体が瓦礫に挟まっていて動けないのだ。もう下肢の方は感覚もなくなっているからどういう状況かさえ分からない。この瓦礫がなければ治癒を受けてまた助かってしまったかもしれないが……今回こそは、ここで死んでいいという事なのだろう。

「わあってるっ」

 神官は瓦礫を掴んだらしく持ち上げようと力を入れた声が聞こえる。それでも自分に圧し掛かっている瓦礫がピクリとしない段階で、これは無理だとウラハッドは思う。

――それでいいんだ。あんたは俺を助けるためにここにいるんじゃない。俺の罪を知るためにいるんだからな。

 アッテラ神官は暫く力を入れていたが、あまりにも動かなかったため諦めたようだ。はぁはぁと息を切らした後に、彼は言った。

「くっそぉ、セイネリアがいりゃぁなぁ」

 確かに、あの男なら――とはウラハッドも思う。素では無理でも、あの力に強化を入れればいけるのかもしれない。けれど、いないという事もまた自分の運命だ。
 神官は舌打ちをすると、こちらに向けて言ってくる。

「いいから、怪我してるとこ言ってみろ。血止めだけでもしときゃ持ちが違うだろっ」

 どうやら彼は他の連中が見つけてくれるまで時間稼ぎをしようというのか。まったく無駄な事を、とウラハッドは笑ってしまう。

「はは……いいよ、いいんだ」

 笑ったのが気に障ったのか、そこで相手は怒鳴ってきた。

「うるせぇっ、そう簡単にくたばるんじゃねぇっ」

 それでもまだ、どうやら瓦礫を動かそうと試みているらしい。力を入れて唸る声がまた聞こえてくる。

――だからいいんだ、あんたのすべきことは俺を助ける事じゃない。

「ある貴族が護衛毎皆殺しにされた事件だ。あんたが聞きたがってた……その真実の告白を……聞いて、くれるか神官様」

 最後にこれを彼に告げられるなら、それだけで自分の後悔が少しだけ軽くなる。ウラハッドは自分でも不思議なくらい晴れやかな気持ちで笑った。

「俺は……リパの神官じゃねぇ」

 まったく、聞きたがっていたくせにそんな返し方をするとは根が生真面目な男なのだろう。そう思えばウラハッドは更に笑えた。

「わかってるよ。でも、あんたはそれを俺に聞きたかったんだろ? あんたに聞かれて思ったんだ……俺はきっとここで死ねるんだろうって。やっと、罪を罪として裁いてもらえるんだと」
「だからっ、俺には告白を聞く事も、罪を裁くような権利もねぇっ」

 彼はどうやら手探りでこちらの体と瓦礫の状態を確かめているようだ。諦めが悪い男だと思いつつ、自分などそこまでして生かす価値はないのにとも考える。

「いいんだ、あんたはこの話を聞くためにここにいるんだよ……」

 きっと、話を聞けば彼もそれが分かるだろう、とウラハッドは自分が犯した罪の物語を話し始めた。

「アリエラにも言ってたろ、俺には愛する人がいた。けどな、俺は自信がなかったんだ――……」




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