黒 の 主 〜運命の章〜





  【43】



――今度は別口の化け物か。

 セイネリアは思わず笑う。
 音が何かなど確認する必要はない。視界に広がる白いモノが震えるように動いているのが今、まさに目に映っているのだから。最初は小刻みに揺れて音を鳴らしていただけの骨達は、見ている間に今度は勝手に動き出す。一山単位でバラバラに積まれていたもの達が、かつての姿を取り戻そうとするように人の形に繋がり、立ち上がり、武器を持つ。カシャカシャ鳴る音と共に、骸骨の兵士達が一人、二人、と立ち上がれば、その後ろから十人、二十人と増えていく。

「じょーだんだろ……」

 明らかな棒読みセリフのエルの様子からすれば、彼はこの状況に頭が追い付かないのだろう。それでも流石に戦神アッテラの神官だけあって、体はちゃんと武器を構え、組みあがって立ち上がる骸骨の兵士達に備えている。他の連中も状況に驚いてはいてもきちんと武器を抜いて構えるあたり、流石に皆上級冒険者といったところか。

 見ている間にも骸骨の兵士達は増えていく。繋がって人型にはなってはいても骨を受け止める肉がない連中は、動く度に骨と骨がぶつかり合ってカタカタと音を鳴らす。音が大きくなるにしたがって動く骨達も増えていく。薄暗い広間にいくつもの髑髏がゆらゆら揺れている。

 それでもまだ、骸骨兵士達は立ち上がるだけでこちらに向かってはこない。とはいえ来るのは時間の問題だろう。多数の相手にバラバラに向かう愚かさを分かっている面々は、指示がなくとも自然と互いに背を向けて集まりだす。アリエラとサーフェスを中心にして周囲に向けて武器を構え、骨の軍勢の動きに注意する。
 勿論それは、たった一人を除いて。
 その一人は出口の前で立ったまま、大きく口をあけて叫んだ。

「『ソれは私のモノだ、私だけが使えル筈のモノだっ』」

 それを合図として、立って震えてカタカタ鳴っているだけだった骨達が動きだし、一斉に剣を振り上げこちらに向かってくる。すぐに戦闘が始まる。戦う準備が出来ていただけあってこちらに焦る者はなく、次々と襲ってくる骨の兵士を倒していく。
 とりあえず、不幸中の幸いと言えるのは骨は所詮骨で個々は相当に弱い。
 叩けば簡単に崩れるから、途中からはアリエラやサーフェスでさえ杖や短剣で戦力になれた。ただし問題はやはり数で、叩いてバラバラになってもまたすぐに人型に戻って向かってくるからキリがない。そもそも倒してもすぐに起き上がってくる段階でいくら倒しても無駄だという事でもある。ならばとどうにか骨共を振り払って出口に向かおうとしても、次々飛び込んでくる奴らに足止めされて思うようにはいかない。

 だがそれでもセイネリアは気付いていた。

 確かに倒しても倒しても骨達はまた繋がって起き上がってはくるが、セイネリアが持つ黒い剣で叩き壊されたものだけはどうやら転がったまま再び動き出す事はない。しかもセイネリアには部屋の床に、木の根のように張り巡らされたいくつもの細かい筋のようなものが見えていた。
 そこでまた声が響く。

「『私ガ使えナカったモノが、何故お前ガ使う事が出来るッ』」

 声の発生源はやはりラスハルカだが、これは彼の声ではない。しわがれきった地の底から響くような呪詛の声は生きている人間のソレではない。声は叫ぶと、骸骨と戦うこちらをあざ笑うかのように笑いだす。それはまさに狂人の笑い声だった。
 そこでエルがやけくそのように怒鳴った。

「おいセイネリアっ、その剣をお前が持ってるのが気にいらねぇらしいぞ。どうにかしやがれっ」

 多分だが、そうは言ったもののエルも本気でこちらにどうにか出来るとは思っていないだろう。けれどセイネリアにはどうすればいいのかが『分かって』いた。

「いいだろう、どうにかしてやる」

 だからそう告げて、セイネリアは一度剣を大振りをして周囲を掃除すると、今度は剣を振り上げてから床に張り巡らされた筋を薙ぎ払うように振り切った。
 剣から『力』が放出される。
 床に向けて放たれたその『力』は床全体を覆い、その直後に、ドン、と音が鳴って床が大きく上下に揺れた。その衝撃と共に、骨の兵達が一斉に崩れる。セイネリアの目には、先ほどまで床に張り巡らされていた何かの筋――恐らくは魔力的なものか――が消えてなくなっているのが見えていた。

 一瞬のうちに嘘のように静かになった部屋を見つめて、セイネリアは皮肉気に唇を歪める。

「ふん、やりすぎだな」

 どうにか出来ると分かっていたが、あまりにも簡単に終わった状況には正直自分でも呆れる。というかこの剣ならどんな魔力だろうが簡単に吹き飛ばせるというのが分かるからこそ、セイネリアは今、腹が立っていた。

――つまらない。

 腹が立つのはあまりにも簡単にこの事態をどうにか出来てしまった事にもだが、この剣が自分のものになった事、そしてそもそもこんなモノが存在するのがセイネリアにとっては一番腹立たしかった。





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