黒 の 主 〜運命の章〜





  【40】



 この感覚には覚えがある、とセイネリアは思った。

 剣を掴んだ途端、セイネリアの頭の中には押し寄せるように大量の記憶の断片のようなものが流れ込んできた。それは確実にあの魔槍に認められた時と同じ感覚で、やはりこれも魔剣で魔法使いが中にいるのだとセイネリアは思った。ただ、あの魔槍の中にいた魔法使いにはほとんど意識がなかったから記憶も断片的であやふやだったが、今回は違う。
 ハッキリと意味が分かる記憶と意識が流れ込んでくる。





     ――かつて、この世界は魔法で溢れていた。





 どこかから聞こえたその声とともに、バラバラに入って来ていた記憶がある魔法使いの一生の物語として繋がった。

 遠い昔、この世界には魔法が溢れていた。空気と同じように身の回りに満ちていた魔力を使って、人々は日常的に魔法を使い、魔法と共に暮らしていた。
 そんな世界で、ギネルセラは並外れた魔力を持って生まれた。
 彼は生まれつき、あまりにも強すぎる魔力を持っていたため一般的に使われるような簡単な魔法を使う事が難しく、だからこそ皆のように気楽に魔法が使えず周りから馬鹿にされていた。
 彼は思った。本来魔力を持っていない者が魔法を使える事がおかしいのだ、魔法を使えるのは魔力を持っている者だけであるべきで、誰よりも強大な力を持つ自分が馬鹿にされる方がおかしいのだと。

 そこで彼は、ある野心溢れる王に取り入って進言した――世界に溢れる魔法を独占しないかと。

 王はそれを受け入れた。ギネルセラは王に仕え、王の財力を使ってある剣を作り上げた。そしてその剣に空気のように世界中に溢れていた魔法を集めて封じ込めた。
 人々は魔法を使えなくなった。
 いや、モノや人、動物等、個々が保持していた魔力は残っていたから元から魔力を持っていた者はまだ魔法を使えたが、殆どの者は魔法を使えなくなった。

 逆に世界中の魔法を吸い込んだ剣を手に入れた王には誰も逆らえず、その剣の力を使って王はその辺り一帯を支配下に置いた。

 だが、剣の膨大な魔力を制御するのは強大な魔力を持つギネルセラにしか出来なかった。
 だからこそ野心家の王はギネルセラが裏切る事を恐れた。
 更にはギネルセラなしで剣の力が使えないかと考えた。
 そうして王は嘘の反逆罪をでっちあげ、罪を償うためと称して彼の魂をその剣に入れた。剣の中にギネルセラ自身をその魔力ごと封じてしまえば、剣を王自身が使えると考えたのだ。

『王よ、覚えておけ、俺は呪ってやる、お前を、この国を、この世界を!』

 ギネルセラは呪詛の言葉と共に無理矢理剣の中に魂を入れられた。
 だが、そうして勝ち誇った王がその剣を持った途端、王は狂って暴走し、剣の力で自分の国を滅ぼした――ほぼ予想通りだったなと、セイネリアは特に感慨もなくその物語を受け止めた。違いと言えば、裏切ったのはギネルセラではなく王の方だったということくらいか。

 その話からすればつまり、クリムゾンはその王と同じ状態になったのだろう。
 剣の中にいるギネルセラの呪いに乗っ取られて暴走した。ならば今、もしかして現実では自分も暴走しているのかとセイネリアは考える。

――いや、それはない。

 そこで誰かの声が聞こえた。

――お前の中には強い憎悪も欲もない、剣に何も欲していない。だから『奴』はお前を取り込むことが出来なかった。

 誰だと聞けばその声は返事を返さず、代わりにギネルセラではない別の人間の記憶が流れ込んできた。野心ある王に仕えたもう一人の人物、そして剣に入れられたもう一人の魂。ギネルセラの時のように彼の一生を見せられた後、また声が聞こえてきた。

――そのまま剣に何も望まなければお前は『奴』に取り込まれる事はない。この剣の主を決めるのは『私』の権利だ、だからお前に決めた、お前に全てを与えてやる。

 その時には、セイネリアには声の主が誰であるかが分かっていた。
 だから誰だと聞くのではなく、その声に向かって言った――ふざけるな、と。




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