黒 の 主 〜運命の章〜 【38】 セイネリアは剣を振り上げる。わざと派手に大きく、見せつけるように。 それからクリムゾンに向かって踏み込んでいって剣を振り落とす。剣は受けられた、それ自体は想定通り。黒い刀身がこちらの銀の刀身とぶつかって鈍い音を鳴らす。そしてそのまま……力と力が拮抗して剣はその場でピタリと止まった。 ――やはり乗っ取られているか。 受けたのはクリムゾンであってクリムゾンではない、彼自身が受けたのならもっと動きに無駄がない筈だ。 一応こちらを向いてはいるが彼の目の焦点は合っていない、ただ見開いてこちらを映しているだけでどうみもて彼の意識があると思えない。 そして……セイネリアは歯を噛み締めた。腕がぶるぶると震える、剣が僅かにこちらへ近づいてくる。セイネリアでさえ力負けする程の、とんでもない力で剣は押し返されていた。 ――さすが、本物の化け物なだけはあるじゃないか。 ここ数年力負けをしたことがないセイネリアとしては、この力だけでも相手は人外の化け物だと断定できる。少なくともクリムゾンの力ではない。だがだからといって力負けして当然だなんて思いは少しもなかった。 「う、ぐ、あぁぁぁああっ」 吼えて、腰を落して足に力を入れる。抉る程強く床を蹴り、その力を腰から背、肩へと伝えて腕に掛ける。身長はこちらの方が高い、だから上のポジションから全体重も重ねて腕に力を入れる、相手の剣を押し返す。 力が掛かり過ぎた剣が震えてキチキチと音を鳴らす。 押してくる向うの剣も震えて音が二重になる。 けれども、セイネリアは思ってもいない方からの力によってその力勝負に負ける事になった。 まるで空気に押されるように、体が押し飛ばされた。 全身の力すべてを腕に集中させていたから、肩に、足に、体全体に向けて押してくる力に耐えられなかった。 足が地面から離れ、体が吹っ飛ぶ。クリムゾンの姿がみるみる内に離れていく。 次には背中に衝撃がきて、自分が壁にぶつけられたのだと分かる。目が眩んで視界が歪む。そう思ったら目の前が暗くなっていって、次には体の前面一杯に衝撃が来た。 ガチャガチャと耳障りな軽い音が耳の傍で鳴る。 体中が痛みを訴えたが、セイネリアはすぐに腕に力を入れて体を持ち上げようとした。 再びガラガラと鳴る音と、軽いモノが体にぶつかってくる感触で、セイネリアは自分が壁に打ち付けられた後床に落ちたのだと理解した。 ――成程、吹っ飛ばされる側はこういう感じな訳か。 いつも吹っ飛ばす側ばかりだったから分からなかったなと考えれば、やはり口元は自然と笑みを作る。実際、セイネリアは楽しかった。これはヤバイ、本気であれは化け物だとそう思うのに、声を上げて笑い出したいくらいセイネリアは今楽しかった。 剣は手から離していない、ならすぐにまたいける。セイネリアは立ち上がると、再び剣を構えて前へ向かおうとした。 そこでまた、部屋全体に耳障りな例の悲鳴が響いた。 だがよく聞けば今度はそれはただの悲鳴ではなく、何か意味のある言葉を話しているように聞こえた。とはいえどちらにしろ声が高すぎてはっきり聞き取れるものではない、それにどうせ……おそらく知らない言語だろう、聞く意味がない。 だからどの道力でねじ伏せるだけだとクリムゾンに向かって歩き出したセイネリアだが、今度は急に上から押さえつけられるような、もしくは何かが落とされたような力が体全体に掛かかる。思わず、ぐぅ、と声が漏れたが一瞬背が曲がっただけでどうにか耐え、セイネリアは体に力を入れて意地で背筋を伸ばした。 ――このまま押しつぶす気か。 耐えれば上からくる力は強くなる。例えれば空気が重くなって体に圧し掛かってくるような感じだ。 ミシミシと体のあちこちから軋む音が聞こえだせば体が重くて仕方がない。鳴っているのは装備か、自分の骨か、筋肉か。押してくる力に逆らって立っていれば、益々体は重くなる、軋む音は増えていく。 だが先に音を上げたのは床の方で、床にひびが入ったと思えば見る間にそのひびが増えて足元が沈んだ。ガクンと一段視界が落ちる。それでもセイネリアは上からの力に耐えていたが、左足の下が割れてボコリとへこんだことで思わずその場で膝をついた。 --------------------------------------------- |