黒 の 主 〜運命の章〜 【37】 「これが、例の剣か。見た目からしてなかなかハッタリがきいているな」 いかにも呪われている、というにふさわしいその姿にはセイネリアも苦笑しかなかった。 まず真っ先に目を引くのはその剣の剣身が黒い事。錆びている訳ではないというのは杖に照らされて光るその金属の光沢でわかる。長い刀身と柄の長さを見ればそれは両手剣で、セイネリアが普段使用しているものとさほど変わらないサイズだろう。 そして感じる言い様のない不快さ。 見ているだけでチリチリとした感覚を頭に感じるから、もしかしたら魔法的に何か働きかけられているのかもしれない。この感覚は初めて魔槍に認められた時、斧刃から布を取り去った時の感覚に近い。 ――魔槍……そうか、ならこれも魔剣という事か。 気付いた途端、セイネリアの頭の中で予想が繋がった。 魔法武器というのはその中に魔法使いの魂が入っている。ということであればこの剣の中には大魔法使いギネルセラ自身が入っているのではないか――それならメルーの発言と子供部屋の主が言っていた事も全部が予想と繋がる。 セイネリアは考えた。だがギネルセラが入っている魔剣を使う事で王が狂い、国を滅ぼしたというのなら、その剣を使って王が戦に勝ち続けたというのが合わなくなる。剣の中にいる魔法使いが途中から気が変わって裏切ったのか、いやそもそも剣の中にいる魔法使いというのはそこまで意識が保てるものなのか……。 ケサランから聞いた話、メルーの話、起こり得る状況を合わせてセイネリアは考えた。ただ問題はそのせいで意識がすっかり思考に取られていた事だった。 だから、気付くのが遅れた。 「おい、まだ触るなっ」 目に映る光景を理解してすぐ、そう声を上げたが間に合わない。 気付いた時には自分の横にいた筈のクリムゾンが前に出てその剣を掴もうとしていた。セイネリアは赤い髪の剣士を止めようと手を伸ばす。だがもう遅い。目の前で風が舞ったかと思うとバチリと火花が走って手が弾かれる。更には風の勢いで体も押し戻されてセイネリアは数歩後ろに下がった。 ――なんだこれは。 顔の前を腕で覆い、風を防ぎながらもセイネリアは腕の隙間から赤い男を見ていた。 風の中でクリムゾンの手が剣を掴み、持ち上げる。赤い髪の剣士の前に黒い刀身が立てられる。途端、高い、金切り声のような不快な悲鳴が部屋を覆った。 セイネリアは耳を塞ぎ、顔を顰めて歯を噛み締めた。 音の発生源はクリムゾンであることは間違いない。だが声は彼のものではない。どこから出ているのかわからない高い声は壁のあちこちで反響して、まるで部屋全体から発せられているようにも聞こえた。 ――これが呪いか? いや、呪いというよりも乗っ取られたという方が正解だろうなとセイネリアはクリムゾンを見て判断する。どう見ても今、彼は彼本人ではない。彼以外の意識が彼を動かしていると思っていいだろう。 風の中に立つ男の赤い髪は浮き上がって宙を舞っている。見開かれた赤い瞳はまったく動かない。やがてそこからは血の涙が落ちてきて、動かない瞳はそのままで唇だけが大きく吊り上がって笑みを浮かべる。同時に、ガクガクと震えながら彼の体が動き出す。ここにいる者を確認するようにセイネリアの方を向き、続いて後ろにいる他の連中を見る。そこから首がぎこちなく回って更に周囲を見渡していく。 おそらく、今、魔法的なプレッシャーが相当に掛かっているのだとセイネリアは思う。自分自身は魔力に鈍感ではあっても魔槍の影響でとんでもない魔力が暴れているのだけは分かる。それこそ常識外の魔力だ。頭の奥がヤバイと警鐘を鳴らしている、背筋が冷たくなっていく、自然にぶるりと体が震える――だがそんな状況でも、セイネリアの顔の中、その口角だけは上がっていく。 「ヤバイっ、早く逃げろっ」 声を上げたのはエルだ。見れば彼はこの状況に動けないでいる他の連中を押して部屋から出ようとしていた。その中に既にメルーの姿はなかった。 ――向うはエルに任せればいいだろ。 彼が正気でいるのなら皆を連れて逃げてくれる筈だった。だからセイネリアの役目はクリムゾン――いや剣の方か――をどうにかする事だろう。 セイネリアは自分の腰の剣を抜いた。そうしてクリムゾンに向かっていく。 「最強の剣か……まぁ、予想通りだな」 おそらく、このままただ逃げても逃げきれない。コレを止めないと生きて帰れないとセイネリアの直感は告げていた。ならば、どうにかするしかない。それこそ、彼を殺してでも。クリムゾンが自ら剣を掴んだのだから現状は彼の責任である、彼のような人間ならそのせいで殺される事になっても文句はない筈だ。 --------------------------------------------- |