黒 の 主 〜運命の章〜





  【36】



 翌朝の空模様は曇りで、朝と言ってもそこまで明るくはなかった。
 ジンクス等、縁起がいい悪いを気にするセイネリアはないが、それでももったりと分厚く広がる灰色の空を見ての出発はいい気分ではなかった。
 とはいえ勿論それで今日は止めようなんて声が出る事もなく、前日話し合った通り一行は全員で城の例の部屋――白骨死体が転がっていた謁見の間らしき場所――へと向かった。

 既に昨日、正面扉を開いた後だから城へ入るのには何の苦労もなかった。
 相変わらず中の空気は妙に肌寒く、しんと静まり返って物音一つしないのに『何か』の気配は感じる。魔法ギルドの監視なら無視しておくしかないし、昨日の子供部屋の件からすれば死んでも死にきれなかったような連中がそこら中にいたとしてもおかしくはない。その系の連中に対しては――セイネリアがラスハルカをみれば、彼は周囲を見て難しい顔、というかどこか悲しそうと言ったほうがいい顔をしていた。

 自分達の足音だけが響く中、真っすぐ廊下を進めばほどなく目的の場所には到着する。とはいえ、すぐに中に入れるモノではない。まるで来るものを誘うように大きく開かれた大扉の前に立ち、まず3人分の魔法の光で中を照らす。広い部屋の隅まで大体を見渡せるようになれば、セイネリアの背後からはそれぞれが息を飲み、悲鳴を飲み込む音が聞こえた。

 そこはただ、骨に埋め尽くされていた。

 入口から既に幾人分もの骨が転がって部屋の外までこぼれているのは見えていたが、それはまだ序の口という奴で、明かりの下に晒されれればそれは部屋の隅々まで途切れる事なく床全てを埋めていて、さらには奥にいけばいくほど山のように積みあがっているのが分かった。兵士らしく鎧をつけた者が多いようだが、死体同士が折り重なり過ぎて殆どはただの骨の山と装備が散乱しているようにしか見えない。もとは一体何人分の死体が転がっていたのか分かりもしない。ただ無数の白骨死体が床を埋めていた。

「一体……何があったんだよ……」

 エルの呟きを聞いて、セイネリアはメンバーそれぞれの表情を確認する。殆どの者は恐怖や嫌悪感に顔を顰めているだけだが、ラスハルカの場合は同じく顔を顰めていても少々意味が違っているように見えた。彼の場合は恐れというよりも虚しさ、恐怖というよりも悲しみが浮かんでいるように見える。ここの連中に同情しているといったところか。
 そして後2人、クリムゾンが何の感情も浮かべず平然としているのはおそらく死体自体に慣れているからで、メルーもまた平然としているのは魔女としてこの手の光景に慣れているからか……もしくは『知っていた』からだろうな、というのがセイネリアの思うところだ。

「相当の数だな」

 言いながら後方からセイネリアの隣にクリムゾンがやってくる。

「ひでぇな……」

 そのエルの呟きと共にセイネリアは一歩部屋の中に入った。足元で踏んだ骨の欠片がパキリと軽い音を鳴らして粉々になる。文字通り足の踏み場もない状態だ。
 それでもまだ、入口周辺はそこまで骨の数は多くはない。
 奥に行くにつれて高くなる白い山の先、正面から真っすぐ続くかろうじて見える赤い絨毯が続く終点には、白骨の山から飛び出したやたらと高さのある椅子の背もたれが見えた。どうみてもあれが王座だろう。

「怪しいとすれば、あの山の辺りだろうな」

 セイネリアはそれを指さしてから歩き出した。骨だろうが死体だろうが、生きてないものはただのモノでしかない。歩くのに邪魔になるそれを蹴飛ばして道を作って歩きながら、セイネリアは王座に近づいて行く。クリムゾンも同じく骨を蹴りながら王座に向かっている。彼にとってもまた、白骨死体などただのモノでしかないのだろう。
 そうすれば道を作ったところを通って他の連中もついてくる。
 積み重なる骨の数が増えてくれば、蹴り飛ばせば崩れる事もある。
 勿論蹴っても綺麗にどけられている訳ではないから踏んで割っている骨も多い。どれ程昔なのかもわからない古い骨は、踏めば簡単に割れてパキパキと乾いた音を鳴らす。

「まったく、邪魔だな」

 王座の近くはかなり高い骨山が出来ていたから、セイネリアは手で払ってそれらをどけた。クリムゾンも一緒にどければその先には何故か骨のない空間があって、そこに王座があった。
 セイネリアは笑みを浮かべて、後ろの連中が見えるように少し立ち位置を変えてから言ってやる。

「……いかにもこれだってものがあるぞ」

 王座の手前の床の上、まるでその王座に寄り掛かるように、やけに豪華な装飾品をまとった白骨死体が一体座っていた。その頭に王冠が乗っているところからしてそれがこの城の主であるのは間違いない。そしてその王の骨はまるで抱くように一振りの剣を持っていた。





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