黒 の 主 〜運命の章〜 【35】 クーア神官が転送や千里眼専門の者と予知専門の者とに別れるように、複数の系統がある神殿魔法は珍しくはない。アルワナの場合一般的には眠りに関する魔法が有名で、死者との対話は――あぁそういえばアルワナ神殿にいけば死者の声を聞けると聞いた事はある。そしていわゆる『死者を生き返らせる』魔法を持つのも、リパとアルワナだけだった筈とエルは思い出した。 「昼間の子供部屋でのあいつの言葉を思い出してみろ、どうみても部屋の主の子供が見えていただろ」 「あぁ、あれが冗談じゃないなら……確かにな」 言われて見れば今までも、来たのが初めての割りに妙に詳しかった事はある。それらがその辺りにいた死者から聞いたというならゾっとはするが納得は出来る話だ。 「それでさっき奴に確認してみた。あの子供部屋の主だがな『父さまはもう父さまじゃない、父さまに会っちゃいけない、ここを出たらいけない』と言っていたそうだ」 「父さま、ってのはあの城の王様って事か?」 「あの部屋が王の子の部屋と考えればそうだろ。それからもう一つ、これはメルーから聞いたんだがな『かつてこの辺り一帯を収める大きな国があった。そしてここがその国を収める王の城で、大魔法使いギネルセラはその王に仕えていた。けどギネルセラは王を裏切って国を滅ぼした』だそうだ」 エルは考えた。ただラスハルカが本物のアルワナ神官なら死者が嘘を言うとは思えない。ならメルーが嘘をついていると考えるのが自然だ。 「魔法使いのせいじゃなく、王様が狂ったのが真相って事か?」 「一応王が狂ったのがギネルセラのせい、というならつじつまはあう」 「確かに、な……」 「あとあの女はあの広間から離れる時、いくらお宝があっても呪われたアイテムならいらないだろうとも言っていた。それらを全部繋ぎ合わせてみると――『手に入ったら狂うような呪われた剣』が最強の剣の正体で、そのせいで王が狂って国が滅びた――というあたりだろうな。そこでその剣の存在にギネルセラが関わっているとなれば全部つながるか」 それはあくまでセイネリアの予想で実際どうかはまだ分からない――とは分かっていても、エルは改めてこの男の考え方に感心していた。そして今の予想が100パーセント正解ではなくても、かなりの部分は合っているだろうと思った。 「まぁあくまで予想だ、だがその可能性があると思っていれば対処しやすいだろ」 しかもこの男はそこまでの予想を立てておいて、それを過信している訳でもない。 「お……おぅ、となるとその剣を見つけてもへたに触っちゃならない訳だな」 「その通りだ、呪いがついてる可能性が高い」 「……てかよ、お前よくそんな事考えられモンだな。つくづく、俺はお前の腕っぷしよりお前の頭の方が怖ぇよ」 茶化して言えば、彼は皮肉めいた笑みを唇に乗せる。ただ目は笑っていない。暗闇にも生える金茶色の目は不気味過ぎて、それなりに長い付き合いで慣れている筈のエルでさえぞっとする。 「人間はな、上手く行っている時ほど警戒心が薄れる。順調に行ってるとあの女のように調子に乗って言わなくていい事を言ってしまうものだ。もとがおしゃべりなら尚更な」 誤魔化すためにははっとエルは笑ったが、この男の恐ろしさが見えてしまって正直背筋が冷えた。ただこの恐ろしい男が味方であるからこそこんなに頼もしいのだというのは分かっている。 「……ま、分かったよ。話はそれだけか?」 とりあえずこれ以上話しているとこちらのイラナイところまで見透かされそうで、エルはそう言って話を終わりにしようとした。火の方へ向かうため、手を上げて背を向けようとする。 「待てエル」 だがそこで引き留められて、エルは彼の顔を見た。 「お前は、俺に言う事はないのか?」 ここで一瞬、顔が強張って固まってしまったのは正直失敗したと思う。けれどすぐにエルは笑って彼の肩を気さくに叩いた。 「ねーよ。それよりお前はさっさと寝とけ、明日はお前に一番働いて貰う事になると思うからよ、体調だけは万全にしといてくれねーと」 言えば彼は、あぁ、と軽く返して焚火の方に歩き出す。エルはわざと早足で彼の前を歩いて、火の傍にいるサーフェスに手を振った。 --------------------------------------------- |