黒 の 主 〜運命の章〜





  【34】



 おい、と声を掛けられてエルは目を開けた。
 空には月、寝る前はまだ低かったせいで見えなかったが、今はかなり高い位置にいるせいかまず目に入る。今夜は満月近いレイぺの月であるから明るくて、寝る前のもやもやした気分も少し晴れた気がした。まぁ、少し寝て頭がすっきりしたのもあるのかもしれない。

「交代か、あんがとよ」

 起き上がって、夜だとさらに不気味な黒い男にそう声を掛ける。だが、今までならそこで交代して寝ころがる彼が、起きたエルを見てにっと笑った。

「少し、付き合え」
「は?」

 立ち上がって焚火の方を見れば、既にサーフェスが座っていた。彼はこちらと目が合うと手を軽く振ってきた。

「あっちの魔法使いには言ってある。少しの間なら一人でも問題ないだろ」
「お……おぉ」

 言ってセイネリアは来いというように顎で示してから歩き出す。エルはとりあえず彼を追った。彼は皆から離れるように城の方へと歩いて行ったが、結界が敷かれているからそこまで遠くへ行く筈はない。遺跡の中は樹海と違って空がひらけているから月のおかげで真暗ではなく、火から離れても歩く程度は問題なかった。
 遠くにチラチラと焚火の火が確認出来る程度の場所まで来て、セイネリアは足を止める。それからすぐにこちらを振り返って、彼は言ってきた。

「明日の城探索の前に、ちょっと言っておく事がある」

 わざわざこんなところへ連れて来たんなら人に聞かれたくない話があるんだろう――それ自体は理解していたのもあって、へたに茶化す事もなくエルは頷いた。

「エル、お前明日はあの女をよく見ていろ、そしてあの女が姿を消したと思ったら他の連中を連れてすぐ逃げろ」
「……へ?」

 呆けてそれで止まってしまったら、セイネリアは『当然だろ』とでもいいたげな声で言ってくる。

「目的を果たした今、あの女は危ないと思えば平気でこちらを見捨てるだろう。だからあの女が消えるという事は逃げないとヤバイ状況だという事だ」
「あ、……あぁ、うん、そりゃそうだな。だがお前は?」
「逃げたほうが良ければ逃げる。残る必要があれば残る、それだけだ。俺は自分で判断して動く、お前達は俺を気にする必要はない」

 おそらく彼としてはその考え方は当たり前なのだろう。確かにこの男の強さはちょっと化け物レベルだし、こちらが残っても戦力としては役立たずでただの足手まといにしかならないと言われても仕方ない。それでもやはり……エルとしては微妙にもやもやと胸に痞えるモノを感じずにはいられなかった。

「あと逃げる時だがな、ラスハルカがどちらかへ行けと言ったらそれに従え」

 続いて彼の口から出た人物の名はちょっと意外で、エルは聞き返す。

「ラスハルカ? あいつは信用出来るって事か?」

 考えれば火の番で組んでいた分、セイネリアが彼に関していろいろ探ったのは想像できるが、彼が初対面の人間を信用しろというのは珍しい。

「そうだな、生き残る、という事に関しては信用していい。あいつはアルワナ神官だから城にいる亡霊共から聞いてどうすべきかが分かる筈だ」
「……アルワナ神官だって?」

 確かに戦力枠としては頼りなさそうだとは思ったが、どうやってそれが分かったのだろうこの男は――エルはちょっと頭を整理するために目を閉じて考えた。

「アルワナ神官は自分の正体を隠して娼婦として仕事をし、情報を集めている……という噂くらい聞いたことがあるだろ」
「いやそりゃ……まぁな」
「アルワナは眠りの神であり、永遠の眠りの中にいる死者の神でもある。眠り側の魔法が得意な神官と死者との対話が得意な神官がいる、奴の場合は後者らしい。初めていく場所で生き残るにはかなり使える能力だしな、冒険者としてパーティに紛れ込んで情報収集をしてるんだろ」
「はぁ……そうなのか」





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