黒 の 主 〜運命の章〜 【33】 セイネリアが他の連中を見てみれば、クリムゾンがかなりノリ気で他は興味はあるがリスクとの兼ね合いで悩んでいるところか……いや、一人、ラスハルカだけは終始ずっと渋い顔をしている。 「私は帰るべきだと思いますけどね」 彼はこの話し合いが始まった最初からずっと『帰ろう』と言っていた。多分、彼にはこちらに見えない何かが見えている、もしくは何かを知っているのだろう。 それでもセイネリアは、危険を理由に見ないふりをして帰る気にはなれなかった。それにおそらく、ここで帰ろうとしてもメルーが全員仲良く無事に帰らせてくれるとは思えなかった。どちらにしろ危険なら、まだ気になる事の真相を突き止めに行ったほうがいい。 あとどうみても女の言い方からして、セイネリアにその剣を探しにいかせたいようなのも気になる。それでいてそれを事前に言わなかったのは少しおかしい。あの女につけという言葉が本気でもそうでなくても、セイネリアには事前に言っておいた方があの女にとっては都合がいい筈だった。 「ここまで来て、大事を取って見ただけで帰るなど馬鹿馬鹿しい。行きたくない者だけここで待っていればいいだろ」 クリムゾンの発言にエルが頭を掻く。 「それもアリだな。ただ残って外で待ってるのも安全とは思えないがよ」 言いながらラスハルカを見たのは彼がずっと帰ろうと言っていたからだろう。 「いえ、皆さんが行くと言う事でしたら私もついていきます」 「……そっか。で、他は?」 それにはそれぞれ行く事を告げたため、『最強の剣』とやらの調査にまた明日、城へ入る事が決定した。 「しかしなぁ……そういう剣の噂といったら、まず真っ先に怪しいとこってのは……あそこだよな」 エルの言葉に皆、同意しつつ表情を歪ませる。 城の中でまだ調査をしていないあからさまに怪しいところとなれば――当然それは、大量の白骨が転がっていたあの広間の事になるからだ。 樹海という名の通り、木々の海の中にいた時は見えなかった月が今は綺麗に見えている。さしずめ海の中にある島のように樹海の中にぽっかり開いた穴の中にある遺跡あとは、どう考えても空から見ればすぐに位置が分かるように思えた。 空を飛んでもいつ落ちるかもしれない、だから樹海の上を空から行く事は出来ないとメルーは言ったが、ならば更に高いところまで上がればいいだけではないかとセイネリアは思う。なにせ以前、ザウラ卿の舘を襲撃した時に実際断魔石の範囲外の上空から石を落とすという事をやっていたのだ。偉い魔法使いが雁首揃えてそれを思いつかないとは思えない。アリエラは鳥を使って『見る』ための石をあちこちに落としてここを見つけたそうだが、彼女に見つけられたのなら他の誰かも見付けられる筈だとも思う。 だから確実に魔法ギルドはこの場所を把握していると思った方がいい。 だがここへ来ることが魔法ギルドで禁止されているのだとすれば、今ここにいる事が出来るのは何故なのか。分かっていて監視されている――あの城で感じた見られているような感じの正体がそれなのかもしれない。 ただ、あの感覚の原因は他にも考えられた。 そしてそれを分かる者がいるとすればそれはただ一人……今目の前にいる男の筈だと、セイネリアは考えていた。 焚火を間に挟んだ向う、結局全員で明日城へまた入る事になったものの最後までそれに一人反対をしたそうだった男は、夜中の火の番で二人になった時も沈んだ顔で考え事をしていた。 ここまでの彼の言動を見てきて、この男の正体についてセイネリアの予想は確信になっていた。だからおそらくは明日、この仕事で一番危険な場所へといく前に、セイネリアはそれを確認しておこうと思った。危険な状況であればあるだけ、使える手札は多い方がいい、そのためだ。 「で、何の問題があるんだ?」 ぼうっと火を眺めているだけのようだった男は、そう声を掛ければ顔を上げる。 「え?」 「お前はここから帰りたがってたろ」 探るように目を見れば、彼は明らかに動揺して視線を泳がせた。 「えぇそりゃまぁ、こんな不気味なとこさっさと出ていきたいですよ」 それでもすぐに怯えたふりをする辺りは流石だが。こうして正体を隠して冒険者として仕事をする……それに慣れているだけはあると思う。 「『誰』がヤバイとお前に知らせているんだ?」 セイネリアがその目を見据えたまま言えば、やはり彼の視線は不安そうに動く。 「……何を言っているんです?」 セイネリアは唇に笑みを乗せる。 ラスハルカも笑おうとしていたが、表情が強張っていて上手く笑えていない。声にも緊張が入り過ぎて震えがある。 ――脅しはこれくらいでいいか。 自分には嘘を言ったらマズイと判断したこの男なら、この期に及んでシラを切る事はないだろう。セイネリアは唇の笑みを深くすると、彼に尋ねた。 「お前、本当はアルワナ神官だろ」 ラスハルカは息を飲む。それで答えは確定した。 --------------------------------------------- |