黒 の 主 〜運命の章〜





  【32】



 サーフェスと合流してから二手にまた別れ、3階と割合高めの塔を探索してからセイネリアがメルーを迎えに行ってその日の城の調査は終わった。
 調べた中ではあの子供部屋以外は特に問題がなかったとはいえ、やはり城の中で何か嫌な感覚を感じている者は多かったらしい。メルーの城内で寝てもいいんじゃないという声は、今回ばかりは他の連中の総反対にあって却下された。
 だから前日と同じ城壁の影になる場所に戻って野宿をする事にして、食後に今後の事について話し合った。

「とりあえず、無事で済んだなら後はもう帰るだけじゃないですか? どうやら依頼主さんも目的は果たせたようですし」

 各自で調査した場所の情報交換が終わったあと、ほっとしたようにそう言ってきたのはラスハルカだ。ただし、それに同意する者はほぼいない。皆がそれに難しい顔をするにはそれだけの理由があった。

「しっかし、城の規模の割には、今一簡単に金になりそうなモノがなかったよなぁ」

 エルのその言葉が答えで、『魔法関係の資料以外は見つけた者の好きにしていい』なんて条件の割りに成果が少なすぎるのだ。ただその中で一人、サーフェスが自分の荷袋からものを取り出しながら澄まして答えた。

「ここの奴ら、どうやら金品は飾るんじゃなく、持って歩く主義みたいだよ」

 それは宝石と金で飾り立てられた短剣で、思わず周りから羨望の声が上がる。どうやら彼は転がっている白骨死体から価値のありそうな装飾品を結構手に入れたらしい。2階以上は骨が転がっている事がなかったので、そこは運もあるだろう。一応他の連中も成果がゼロではなかったが、これだけの場所にきたことを考えればそれは寂し過ぎるとしかいいようがなかった。

 だからやはり、ここで問題となるのはこれからどうするかだ。

 参加者としてはこれだけの労力を掛けてここまで来て、城があったのはいいとしても大した成果もなく帰る……というのは正直勿体ない。なにせ場所的にまず二度とこれるところじゃないのだから。
 だがそれに対して、ここまで無事に来て目的自体は果たしたのだから何事もない内にさっさと帰るべきだという意見も当然出る。
 そこへどちらでもいい、という意見が重なればいくらそういう役は慣れているエルでも決定を下すのは難しいようだった。

 だからセイネリアは立ち上がって、この場で一応は一番強い発言権を持つ人物のところへ歩いて行った。

「おい、決定権があるのはお前だろ、今後の予定だけでも話に入れ」

 魔法使いメルーは、目的だった城に住んでいたという魔法使いの部屋から入手した本や資料を片っ端から倉庫に入れてきたというのもあって、ここで野宿をすると言った途端雑用を全部をこちらに任せてずっとそれらを引っ張り出しては読みふけっていた。
 だからセイネリアが掴んだ腕を彼女はうっとおし気に一度は振り払った。だが、振り向いてそれがセイネリアだと分かった途端、彼女は嬉しそうに笑うといつも通りのやたら得意気な口調で言ってきた。

「そうねぇ、まぁ、予定だけは決めちゃいましょうか」

 彼女はセイネリアに手を引かれるまま火の前まで歩いてくると、そのままセイネリアにぴったり寄りそうようにして座った。

「まず、契約的な話からすれば、私は別にここで帰りでも文句はないわね。確かに、出来れば城の中は全部調べてはおきたいけど、目的の場所は見つかったし、十分本は手に入ったもの」

 この女としては目的を達成したからそういうだろうとはセイネリアも予想していた。だが彼女は、そこで妙に皆の様子を伺うような視線を投げてから、少し声を潜めて言葉を続けた。

「ただこれは噂程度の話だけど、この城が予想通りの場所ならここには特別な剣があるかもしれないわ」

 直後にセイネリアは思う――それがこの女の『企み』か、と。
 彼女がこちらを裏切ったり見捨てたりする事があるとすれば目的を果たしてからだとは最初から思っていた。そして今、彼女としては目的を果たして満足している。だからこそ彼女はこの話を皆にしたととれる。

「ここの王様が、大魔法使いギネルセラに作らせた最強の魔剣。その剣の力で王は戦に勝ち続けたっていう言い伝えがあるの」
「いっかにも胡散臭ぇ話だなぁそれ」

 即座にエルがそう茶化して、内心セイネリアもエルに同意はする。
 ただし、この女が根も葉もないただの作り話を言っているとは思えない。これに興味を持たせることは罠だとは思うが、噂の元になるような何かは確実にあるのだろうとセイネリアは予想する。

「最強の剣か、おもしろいな」

 クリムゾンが呟いて、赤い髪と目を持つ男はその赤い目を楽しそうに歪めた。
 それにエルがうんざりした顔をしながらも、肩を竦めてからこちらを見て聞いてくる。

「お前も、興味があるのか?」

 セイネリアはたいして興味がなさそうに答えた。

「そうだな。別にそんなモノが欲しい訳じゃないが、その話の真実を確かめたくはある」
「あら、貴方ならもっと食いついてくるかと思ったのに」

 するとこちらの腕を抱くように体を押し付けていたメルーが、芝居がかったようにいかにも驚いたという声でそう言ってきた。

「それが本当にあるのかどうか、あるならどんなシロモノなのか。それくらいは知りたいところだ」

 わざわざ彼女の目的が果たされてから言ってきたという事は、つまりそれだけその剣を探そうとするのは危険があるという事だ。そう……恐らくは全滅してもおかしくないレベルの。





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