黒 の 主 〜運命の章〜





  【30】



――はぁ?

 訳が分からずエルはその場で固まった。それでも少し考えて、エルは頭を押さえながらも聞いてみた。

「……住んでる人だと?」
「えぇ、そりゃぁこういう廃墟ですから、一人二人十人百人、死んでも死にきれないってタイプの方々が未だに住んでいたとしても不思議はないでしょ」

 それに返される声はやっぱりのんびり気楽そうで、エルは状況が分からなくなってきた。っていうかそれはつまりあれだ死者がいるとか魂とか幽霊とかそういう話なのかよと思ったら、今度は背筋にぞっと寒気が上がってくる。

「……やめてくれ、あんまそういうのは想像したくねぇ」

 エルはラスハルカの肩を叩いてそのまま脱力した。
 だが話はそこで終わらない。もう終わったつもりでぐったりとしていたエルは、そこで聞こえた声に驚いて顔を上げた。

「俺達に出ていけと言われても、それは無理な話だな。折角来たのにあっさり帰れるはずがない」

 勿論それはセイネリアの声だ。いつの間にか部屋の中央にまで入っていったセイネリアは、部屋の住人(?)に聞こえるようにか、デカイ声でそう言った。
 そして……やっぱりというか勘弁してほしい事に、その直後からまた部屋の中からはカタカタとモノが震える音が聞こえてきた。

「おいっ、何考えてやがる、折角収まったとこだったのによっ」

 エルが怒鳴る中、セイネリアに向かって何かが飛んでくる。彼がそれを剣で叩き落とすと今度はもっと大きな影が彼を襲う。だが馬鹿力だけは疑いない男はそれを受け止めて投げ飛ばし、床で派手な音を立てて転がった姿を見てそれが机だった事をエルは知った。勿論部屋の主(?)はそれで終わりにはしてくれない。今度はガタガタやたら大きく揺れ出した鏡台が浮いて天井スレスレの高さまで浮かび上がった。

 やべぇっと思ったエルは思わず目を閉じかけたが、そこで前にいたラスハルカが動いて部屋の中に何かを投げる。その直後、周辺に笛でも鳴ったかのような高い音が響いた。
 宙に浮いていたもの達がまた一斉に落ちる。
 大きさが大きさであるからドカンバリンと派手な音が鳴って、エルは目を瞑って耳を塞いだ。暫くすれば音が止んで、エルはそっと耳から手を離した。

「まったく、何やってるんですか。あんまり苛めないであげてください」

 そこに緊張感も何もない声が続く。見ればラスハルカが部屋の中でセイネリアの腕を掴んでいた。

「やはり、子供か」

 セイネリアが少し楽しそうにそれに答えた。

「見えてたんですか?」
「いや、俺は見えないぞ。ここは子供部屋だろう、だからそう思っただけだ。見えたのはおまえの方じゃないか? なかなか見事なお手並み、といったところか」

 いやいやいや……何の話だ何が見えたんだよ、とつっこみたい言葉を飲み込んで、エルは二人のやり取りを眺める。セイネリアはやたら楽しそうで、ラスハルカは憮然とした顔をしていて……けれどラスハルカはそこで溜息をつくとセイネリアの腕を放した。

「……たまたま、アルワナのお守りを持ってただけですよ」

 それでラスハルカは部屋から出てくる。エルは彼にどういう事か聞こうとしたが、その前に少し遅れて部屋から出てきたセイネリアに声を掛けられた。

「エル、2階はここで終わりか?」
「え? あ、いやまだあと向う側を見ないとならないんだけどよ」
「そうか、そっちは?」

 セイネリアは今度はクリムゾンの方を向く。

「こちらは大体終わってる」
「サーフェスは?」
「向うの角部屋で何か熱心に見てる」
「……成程、こっちも雇い主殿は資料に埋もれて夢中になってるところだ。このまま2階を手分けして見てから、魔法使い連中を迎えにいけばいいだろ」
「あぁ」
「エル、それでいいか?」

 なんだか状況が分からなくてどうにも腑に落ちなかったが、エルとしてはそれに了承の返事を返すしかなかった。




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